第3話 人事異動
「今日から配属になった立花千鶴(たちばな・ちづる)二等兵だ」
「立花です。よろしくお願いいたします」
俺は、職場である強行偵察艦『朧』の狭苦しいコントロールルームに立っていた。
猛禽類のような雰囲気を漂わせる副長の瓜生右近中尉の左横で、白い柄、白い鞘の細身の刀を左腰に差した長い黒髪の少女がぎこちない手つきで敬礼している。
優しげな明るい笑顔を形作っていたのは黒目がちの大きな瞳とくすみのない白い肌、形の良い控えめな鼻と桜色の艶やかな唇だ。
全体的にほっそりした体つきではあったが、胸や腰の周りの肉つきがよいことは、無粋な黒い軍服の上からもうかがえた。
捨てる神あれば拾う神あり。人間万事塞翁が馬。
朝から嫌なことがあったが、これで全て帳消しだ。
「え~と、みんな仲良くしてあげるように」
流川艦長がウェーブのかかった茶色の髪をかき上げながら眠そうな声を出した。
茶色の柄、黒い鞘の大小を左の腰に下げた、垂れ目がちの甘いマスクの士官だ。
若い頃は女性にもてたと日頃自慢していた。不愉快な話だが恐らく事実だろう。
『大和皇国』は完全な徴兵制を採用していて、高校卒業後は全員二年間の兵役に就くことになっている。
職業軍人の希望者が極端に少ないことから導入された制度だ。
俺たちの職場に関していえば艦長と副長だけが職業軍人で、他は徴発された若者だった。
俺も含めほとんどの人間が二年間の年季奉公明けは軍人を卒業するつもりでいる。
ちなみに俺の進路希望は父親と同じ金属加工職人だ。
「鍛冶賢人二等兵!」
自分の席の横で見目麗しい立花千鶴の姿を眺めて甘い気分に浸っていた俺の耳に、瓜生副長の鋭い声が突き刺さった。
彼は、黒い柄、黒い鞘の重厚な雰囲気の大刀を左腰に下げ、鋭い目つきで俺のことを睨んでいる。
本人に直接聞いたわけではないが、彼は一撃必倒を旨とする古い剣術流派の使い手らしい。
そういうこともあってか、眼力というか『圧』がとても強い人だった。
「はい!」
俺は反射的に背筋を伸ばして返事をしていた。
もしかしたら立花千鶴に対する邪な内心を見透かされたのではないかと心配になり、心臓が激しく脈打った。
「立花二等兵は貴官と同じく火器管制を担当する。よく面倒を見るように。まずは艦内を案内してやれ」
「はっ、かしこまりました」
心配が全くの杞憂だったことがわかり、俺はホッとした。
どういういきさつかは知らないが、俺が徴兵されてから半年という中途半端な時期に、俺に火器管制担当の仕事を教えてくれていた井上勲(いのうえ・いさお)一等兵が急遽異動になった。昨日のことだ。
移動先は俺たちの艦『朧』と同様の役目を担う強行偵察艦『霞』だった。
井上先輩は至っていい人だったので、お別れすることになったのは、ちょっと残念だったが、そんなマイナスの気分も彼女を見て一発で吹き飛んだ。
ニキビ面のぽっちゃり男子とスリムでグラマラスな美少女とでは勝負にならない。
そんな美少女と、艦内とはいえ二人きりでお散歩ができるかと思うと心が躍り、俺は頬が緩んだ。
「よろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
柔らかい笑顔を浮かべて敬礼する立花千鶴に、俺は精一杯の笑顔を返した。
そんな俺の眼を黒目がちの彼女がじっと覗き込んだ。
俺の魂は、彼女の瞳に連れていかれそうだった。
「きれいな翡翠色の瞳ですね」
「えっ」
急にそんなことを言われて俺はまともに反応できず、激しく目を泳がせた。
確かに目立つ特徴だ。
親父と母親それぞれの特徴を受け継いだ俺は、髪の毛が黒のストレート、瞳が緑色だった。
親父や弟とは違って、鼻が低くアジア系の顔立ちだったので、カラーコンタクトを入れているのかなどと聞かれたこともあるくらいだ。
子供のころから珍しがられることは多く、どちらかというと『変』とか『奇妙』とかいうマイナスの評価をされていた。そのため、純粋に『きれいですね』と言われたのは嬉しかった。
そんなことで、俺は立花千鶴をさらに意識してしまい、心臓が激しく自己主張を始めていた。
「艦内で二人きりになっても、おかしな真似すんなよ」
俺の向かい側に立っていた武者小路雅春が、そんな俺に気づいて鋭い突っ込みを入れてきた。
空気を読まない嫌な野郎だ。
何の因果かわからないが、幼馴染で剣のライバルでもある彼は、俺と同じ艦の索敵担当だった。
「しないわ!」
「したら、お仕置きだから」
雅春の右隣に立っていた長身で赤茶色の髪の赤井亜里沙(あかい・ありさ)先輩が、吊り目がちのアーモンドのような目を細めた。
獲物をロックオンしたネコ科の動物のようだ。
階級は一等兵で、右腰には赤い柄、赤い鞘の長刀を差していた。
ともかく、なんでもズケズケ言うので、この先輩のことは、ちょっと苦手だった。
言い争いになったら勝てる気がしない。
「彼に限って、それはないだろう」
雅春の左隣に立っていた葉隠先輩が優しくフォローしてくれた。
彼は、漆黒の肌に彫りの深い整った顔、縮れた黒髪を短く刈りあげた折り目正しいスポーツマンで、左右の腰に白い柄、黒い鞘の小太刀を一本ずつ差していた。
珍しいことに、彼が得意としているのは小太刀二刀流だ。
長刀に比べて当然間合いは近いが、狭い空間では絶大な威力を発揮する。
おまけに彼は徒手格闘でも空手の有段者だった。
あまり考えられない事態だが、白兵戦をする機会でもあれば、かなり頼りになるに違いない。
立花千鶴が俺たちのやり取りを聞いて可愛らしくクスリと笑った。
気持ちが和んで気が抜ける。
しかし、次の瞬間、左から突き刺さるような痛い視線を感じた。
視線の方に顔を向けると、おかっぱ頭で小動物のような雰囲気の真田小夜二等兵が、無表情に俺の横顔を見つめていた。
黒い髪、黒い瞳で、肌も白く、目鼻立ちもそれなりに整っていたが、彼女は普段から表情が乏しく、口数も少ない。そして、背が低く、体形もほっそりしていて幼い感じだ。
「なんだよ」
「なんでもない」
感情を感じさせない平坦な声が返ってきた。
もっと愛想よくすればいいのにと、内心舌打ちしたい気分になった。
彼女は、左の腰に黒い柄、黒い鞘の小太刀を一本だけ差しており、一見、護身用の最低限の武器しかもっていないように見えた。
だが、俺は知っていた。
彼女は他にも『苦無』や『棒手裏剣』といった投擲用の武器を軍服の内側に複数隠し持っていることを。
彼女は手裏剣の名手だった。
「さあ、おしゃべりは終わりだ。各員、仕事を始めろ」
猛禽類のような目つきの瓜生副長に促され、俺たちはそれぞれの仕事を開始した。
「前の配属はどこだったの?」
「強行偵察艦『霞』です」
ということは、立花千鶴は先日異動した井上先輩と交換ということだ。
俺は、この異動にどんな意味があるのだろうかと少し不思議に思いながら、狭い通路を立花千鶴と横に並んで歩いていた。
距離が近く、彼女からほんのり甘い香りが感じられる。
彼女は真田小夜や赤井亜里沙先輩とは違い、優しい雰囲気を漂わせていて、俺の心はみるみるうちに暖かいもので満たされていった。
「そうか、じゃあ、似たような部分も多いと思うけど、簡単に説明するね」
「はい」
彼女はキラキラする瞳を俺に向けてきた。
俺は軽く咳払いして、喉の調子を整える。気を付けないと声が裏返ってしまいそうだ。
「強行偵察艦『朧』は、軍のお偉いさんの一部から『コバンザメ』なんて呼ばれている。理由は他の戦闘艦に比べ小さくて、艦全体のフォルムがコバンザメに似ているからだよ。他の艦は紡錘形でマグロやサバみたいなフォルムなのにね」
一生懸命うなづく彼女の様子を確認して、俺は笑顔で説明を続けた。
「全長は一〇〇メートル、質量は四〇〇〇トン。電波による探知を完全に無効化したステルス艦で、黒く塗装されているから光学カメラにもひっかからない」
厳密にいえば、背景の星を覆い隠してしまうので、航行している場所によっては思いきり光学カメラで見つかってしまうが、それは言わない。
「武装は艦首に六門あるリモート点火式の誘導ミサイルと、艦首に設置され艦体そのものが砲身の役割を担っている電磁誘導砲の二種類だ。電磁誘導砲は砲弾発射時のジュール熱で敵の赤外線センサーに引っかかるから、使用する際は注意が必要だよ」
ちなみに今まで俺が担当していたのはミサイルの方だ。
だから特に問題がなければ、電磁誘導砲は彼女が担当することになるはずだ。
「隠密行動による情報収集が主目的の艦だから火力も防御力も大したことはない。一応、磁力線シールドに加えて、鉛や水、特殊な樹脂の複合装甲で中性子線やガンマ線といった放射線を防ぐ機能はあるけど、外殻部をなすチタン合金の装甲は戦艦の五分の一の厚さで薄っぺらだ。その分、艦全体の質量は少なくなって加速能力は高いけどね」
俺は知っている限りの艦の性能をまくしたてた。
「そうなんですか。ところで、この艦が昔話に出てくる海賊船だという噂は本当ですか?」
立花千鶴は好奇心で目を輝かせた。
「本当だよ。大昔、大和皇国の移民船が、まだ太陽系を航行していたときに襲ってきたらしい。ステルス性能を生かしてこっそり近づいて、強制ドッキング装置で相手の船に乗り込んで白兵戦を挑む。そのための船だったと聞いている。砲撃して相手の船を木っ端微塵に破壊しちゃったら何にも手に入らないからね」
「でも、私たちのご先祖は襲ってきた海賊たちを返り討ちにしたんですよね」
「昔話の通りさ」
恒星間移民船『大和皇国』は、かつて地球に存在したという『日本』という国の文化を愛する者が集まって造った『国』だ。
逆に大和皇国の国民である条件は日本の文化を愛するということだけで、人種も宗教も関係ない。
俺の父親は金髪碧眼で「鍛冶」という苗字を名乗っているが、もともとの苗字はドイツ語で鍛冶屋を意味する「シュミット」だったらしい。
だから場合によっては俺は鍛冶賢人ではなく、ケント・シュミットだったのかもしれない。
ちなみに、そういう履歴があるのは俺だけではなかった。
赤茶色の髪の毛で、モデルのような体型の赤井先輩の御先祖の苗字は、「赤毛」を意味する「リード」だったらしいし、葉隠先輩は見ての通りアフリカ系だし、流川艦長もあの癖のある髪の毛と彫の深い顔立ちは欧州の、多分ラテン系の血が入っているに違いない。
そして、日本文化を愛するという国是は、軍事や治安維持の方面にも影響を与えていた。
移民船の内部では流れ弾で思わぬ事故を起こしかねないので、たとえ治安維持の目的でも銃器の所持と使用は御法度になっている。
そこで、飛び道具に代わるものとして採用されたのは日本古来の武芸だ。
なかでも剣術は、海賊を撃退するうえでとても役立ったと伝えられているため、『国民』のアイデンティティとして重視され、ほとんどの人間は高校を卒業して一人前とみなされると、腰に日本刀を帯びるようになっていた。
「海賊船だった時の名残がここだ」
話しながら歩いていた俺たちは艦首部分にたどり着いた。
眼の前に黄色くペイントされた八角形の気密隔壁があり、俺が扉を開けると立花千鶴は息を呑んだ。
「なんですか、これは?」
隔壁の内部は武器庫だった。
銃器が置かれているわけではなく、小さな金属プレートをつなぎ合わせたような銀色の鎧と黒光りする短槍が壁にしっかりつなぎとめてある。一〇人分くらいはあるだろうか。
「鎧は宇宙服の外側に着用できるようになっている。残念ながらパワーアシスト機能はないけどレーザー光を乱反射する特殊塗装が施されているうえ、軽くて丈夫なのがウリだ。槍の方はああ見えて高周波ブレードになっている。スイッチを入れると、チタン合金でも楽々切り裂くことができるらしい」
「これって、海賊たちが使った装備ですよね」
言い伝えでは海賊たちは銀色の鎧に身を包み、槍を手に襲ってきたことになっている。
「そうだよ」
「このデザイン、日本の中世の武具とよく似てるように思えるんですけど」
「そのとおり。海賊たちも、実はもと『日本人』、大和民族だったんだとさ」
俺は肩をすくめて見せた。
このオチの部分は民族の誇りを傷つけるとかの理由で広く喧伝されてはいない。
立花千鶴の表情が少し曇った。
「じゃあ、当時捕らえられた海賊の子孫たちが、今でも移民船で暮らしているといういう噂は本当なんですか?」
「さあね、大昔の話だから」
嫌な話題になったので俺は言葉を濁した。
海賊の子孫とされた人たちは、本人の性格や能力とは関係なく、侮蔑や恐怖の対象になっていた。
そして、それが本人の人格形成に悪い影響を与え、周囲に疎まれるという悪循環に陥っていることを俺は実際に目にしていた。
俺は強引に話題を変えた。
「この武器庫の奥がエアロックになっていて、艦の外側には強制ドッキング装置がついている。コバンザメと同じように相手に吸いつき、気密を確保したうえでプラズマトーチで相手のエアロックを焼き切るという寸法さ」
「まだ使えるんですか?」
彼女はあっさりと話題の変更に応じた。
「使えるよ、強制ドッキング装置も鎧も槍も。まあ、そんなことは起きないと思うけど、この艦は必要に応じて相手の艦内に斬りこむという役目も担っている。だから、乗員も剣術が得意な人間ばかりだ。君の前任の井上一等兵も槍が得意だったけど、君が得意な獲物は何? 薙刀あたり?」
俺は居合が得意だし、雅春は腹立たしいが長刀を上手に操る。
小夜は小太刀と手裏剣が得意で、葉隠先輩は小太刀二刀流の使い手だ。
「えっ、わたし? そんな得意というほどでは」
「謙遜しなくていいよ」
「ほんとです。わたしは予定外の異動ですから」
立花千鶴は少しだけ表情を曇らせていた。
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