第6話 ヌルゲー?1・オーク改戦
女王マルメロの真意を聞いた次の日。
——そうじゃ、また森にオークが出たらしいから狩っといてくれんかの。最近なぜか巨獣が国周辺に増えておっての。いやー困った困った。ま、お主らにとっても国民のご機嫌取りになるし悪くない話じゃろ?——
と、マルメロが言っていたので、様々な現状を考えて聖騎士団を出すことにした。もちろん本体である俺はやられたら終わりなので留守番だ。
鎧達はありがたいことに遠隔操作できる。どれくらいの距離まで可能なのかは未知数だが、少なくとも山一つ越えても可能なのは実証済み。
鎧馬を走らすこと数分。神樹上部北側にある昇降機にたどり着いた。この世界でいう昇降機とは、木でできたファンシーな謎技術エレベーターだ。なぜか神樹さんに搭載されており、乗ると木の内部を一気に昇降できる。
「おう、来たか」
短髪赤毛で二十歳くらいの女“クローザ”が話しかけてきた。八重歯と日焼けした肌が特徴的。北側第一門の総合管理人&巨獣加工屋だ。巨獣加工屋は、その名の通り誰かが倒してきた巨獣を解体して肉、皮、油などに分けて加工する。と言っても最近は巨獣を狩る人間が居ないので実質廃業していた。だが、俺が来たことで再開し、それをきっかけに仲良くしている。
「ほら早く乗りな」
騎士団が昇降機にぞろぞろと乗っていき、全員集まったところで上に半透明な膜が張られた。高山病みたいな気圧の上下による弊害はないという。うーん素晴らしき世界。
「よーし全員乗ったな? 落ちたら死ぬから端っこの方には行くなよ。あーしは面白いからいいけどよ。ぎゃはは!」
なんともワイルドなエレベーターガールである。
そのクローザが端にあるレバーを引くと、昇降機から数メートル離れた場所にある穴が開く。そこから汽笛のようなかん高い音が鳴り、昇降機が揺れたかと思うと一気に下降を始めた。
「また狩りたぁ勤勉だねぇ」
下降中、クローザが騎士団No.4の土色鎧ドロダンゴに向けて話しかけてきた。彼女のお気に入りらしい。
「民の信頼を勝ち取らなければでごわすから」
「ぷっ、なーにカッコつけてんだよ。こんな腹でよぉ」
茶色の鎧の腹部をバシバシ叩かれる。ドロダンゴは横に大きく、ちょっぴりおデブ体型だ。
「や、辞めるでごわすっ!」
「どーせブヨブヨの腹してんだろ? そんなんで戦えんのか? あん?」
脂肪はないぜおねぇさん。
「し、失礼でごわすな。ムキムキでごわすっ」
嘘です。筋肉もないぜおねぇさん。
「んじゃ見せてみろよ? 出来ねぇんだろぉ?」
「それは騎士団の掟で出来ないでごわす」
「ほら無理なんじゃねぇか! ほれほれ!」
腹や脇をベシベシ叩いてくる。
「だ、だから辞めるでごわす! みんな見てるでごわすよ!」
俺しかいないけどね。
「若い女に構われて嬉しいくせによぉ? どうせ童貞だろ? ぎゃはは!」
クッ、ウブな男をたぶらかすんじゃないよ。好きになるだろ!
「ち、違うでござる、じゃなかった、ごわす」
「はいはい。ほら、もうすぐ着くぞ。舌噛むから喋るなよ」
おデブに優しいギャル。新ジャンルきたな。いや待てよ、言うほどギャルか? 仕方ない、ではギャルの定義から——。
どうでもいいことに思考を割かれようとした瞬間、下に着いた。ちっ、仕方ない。ギャル談義はまた今度だな。
「それじゃあクローザ殿、行ってくるでごわす」
「帰ったらいじめてやるからな。……だから死ぬなよ」
ツンデレ。
「大丈夫でごわす。おいどんは丈夫だけが取り柄でごわすから」
クローザは無言で優しく笑いかけてくれた。かわいい。
「周囲に敵影なーしッッ! いつでも開門可能ですッッ!」
近くで外の様子を窺っていた見張りの男が声を張り上げた。
「よし! 聖騎士団アイン、出るぞ!」
「うおおおおおおお!」
能力“ワンオペ”の特殊機能、手元のボタン一つで歓声を上げてみた。前にも紹介したが、他にも『わーわー』『やんややんや』『ぶーぶー』などシチュエーションに合わせて選び放題なのである。宴があったら盛り上がること間違いなし。
もちろん特別な効果はない。ただ盛り上がった感を出せるだけ。でもそういうのって大事だよな? BGMみたいなもんよ。無言に耐えられないぼっちな俺には
「開門ッッ!!」
周囲の歯車が回転を始め、樹皮に偽装した門が上に開いていく。陽の光が眩しい。俺はモニターの輝度を下げた。
「ハァ!!」
掛け声と共に馬の手綱を思い切り引いた。
黒鎧の団長ゼロを先頭に神樹から飛び出していく。
出撃した聖騎士団は九十五体。あとの五体中四体は本体の護衛だ。暗殺怖いからね。
俺を聖騎士団に強行任命したことで嫌がらせを受けてそうな女王や教皇にも護衛をつけようとしたがやんわり断られた。ある程度信頼はしているが、四六時中近くには置きたくないってとこだろう。まぁ仕方ない。信頼は積み重ねだ。これから頑張るさ。
残りの一体は神樹の枝先から敵の位置を知らせる係。基本枝に登るのは禁止されているけど聖騎士団だから許されている。聖騎士団サイコー。
そのぼっち兵に単眼鏡で北東方向を探らせる。神樹の周りはバカみたいに大きな木の林立する森だ。巨獣よりも高い木も多く、探しづらい。
しかし、図体のデカい獣だから見つけられない訳がない。その時だった。遠くで枝の折れる音と共に無数の鳥が飛び立った。よしみっーけ。手元の鏡で光を反射して下の騎士団に合図を送る。
まぁ、モニターがあるからやらなくてもいいんだけど、対外用のパフォーマンスだ。ただでさえ鎧兜を脱がない怪しい集団なので少しは人間味を持たせないとね。
しばらく北東に向けて走っていると、木のモンスター“ドリアード”を食っている猪型の巨獣オークを発見。
なぜモンスターの名前を知っているかというと、屋敷の本棚から“ニートン巨獣記”という既視感のあるネーミングの本を見つけてそこに載っていたからだ。
オークめ、せんべい食うみたいに美味そうに食べやがって。今仕留めてやるからな。
「第二大隊、矢を放て!」
「わーわー」
「やんややんや」
「たーまやー」
歓声ボタンを連打しながら、目や鼻の穴に向けて矢を放った。巨獣の皮膚や毛は硬いが、粘膜系には割とダメージが入るのだ。
どうだ痛いだろー? みかんの汁が目に入ったみたいに痛いだろー?
「グオオオ!」
オークが嫌がって首を振ると、それだけで突風が起きた。数体の鎧兵が風船みたいに飛んでいく。
「うわー(棒読み)」
コラ、辞めなさい。他人の迷惑を考えろ!
と、遊んでいる間に密かに移動させていた
舞台は整った。対巨獣必勝法。みなさんご存知、数体の兵が噛み砕かれている隙に攻撃の兵を体内に潜り込ませる策、“自己犠牲アタック”だ。
オークは真下の鎧兵を視認すると、バリバリムシャムシャと周りに鎧のカケラをこぼしながら食べ始めた。
「チキショウ、ここまでかよ……!」
「ば、バカなこの俺が猪如きに!」
「あわわ、死にましたー」
「こんな最後も、悪くはないさ」
ファイア、アイス、ウォーター、エアロがプログラミングしておいた死に際の台詞を吐きながら消滅した。騎士団番号が若い奴らの宿命で、いの一番に死んじゃうのだ。ただ、ドロダンゴだけはとろ臭くて助かった。細身体型にしとけば良かったな。
ともかく、今だ! 敵が砕いた兵を飲み込む瞬間、僅かに開いた口から無傷の鎧兵をタイミングよく飛び込ませた。
はい勝ち確定。完全にコツ掴んだわ。音ゲーならperfect!的な文字が出るレベル。いやぁヌルゲーですなぁ。命の危険がないってだけでこうも上手く行くとは。引きこもり万歳!
一人ドヤ顔をしていると、先に犠牲になった兵達が本体の元へ帰ってきた。
「おかえり」
「ただいま(裏声)」
さて、後は内臓を切り刻んでジ・エンドだな。グロいから薄目にして——ってあれ、視界が青い? 何だろ、モニターぶっ壊れた?
全く操作を受け付けない。まだ一年も使ってない新品魔法だぞ。修理屋さーん助けてー! くそ、保険に入っとけばよかったな。ねぇよそんなもん。
とか考えながらカメラを外の兵視点に切り替える。オークを見ると全身が青い半透明の膜に包まれていた。うーん、第二形態的なやつ? とりあえずオーク改と呼称する。
そのオーク改の動きが止まっている隙にニートン巨獣記を開いた。この巨獣記、大層な名前をしているが簡約版と隅っこに小さく書かれており湯葉十枚分くらいの厚さしかない。ニートが三日坊主で書き捨てたのかと疑いたくなるレベル。ニートンだけに。
「んー、お、これかな?」
数ページめくると挿絵の描かれた項にたどり着く。オークではないが青い粘液状の生物が描かれている。名前は“スライム”。よく漫画やゲームで見るのと同じアメーバを大きくしたようなモンスターだ。
挿絵の横に書かれている説明文を見る。なになに、普段は水辺に住み大人しく水面を漂っているだけだが、近くに水分が無くなると生物に寄生する。
なるほど、喉が渇いたのでオークに取り付きました的なことね。俺からしたら迷惑な話だ。
弱点は、体内にある赤くて丸い核、それと乾くのを嫌ってか“火”が苦手である、ね。
火かぁ。マッチ売りの少女から買うしかねぇな。いねぇよばか。
一人ツッコミをしていたその時だった。どこからか鐘のような音が聞こえて肩が跳ねる。
「えっ、なんだ?」
一瞬の思考停止の後、急いでモニターを確認する。まだオークに動きはない。兵に周辺を確認させるも乱入者はいない。
「あれー? トンカツなんで動かないのー? もしもーし?」
とんかつ……これは、本体の方か!? そういえば門番に一人置いてたんだった!
「トンカツ、もしかして死んだの?」
チッ、やっぱりあのガキか……!
乱入者の正体は——金髪三つ編み少女のお隣さん、ムギッコだった。
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