第5話 のじゃのじゃ、うふふ

 女王マルメロが突然屋敷を訪れたと思ったら、長い金髪をひとまとめにして揺らしながら楽しげに庭の木を剪定せんていし始めた。付き人の侍従と近衛兵は遠くでこちらの様子をうかがっている。なので、黒鎧の騎士団長ゼロを動かしている俺と実質二人きりだ。


「ふんふーん、どうじゃ、可愛いウサギさんじゃろ?」


 見事な木と葉っぱのウサギが出来ていた。それは感心するがドヤ顔がムカつく。ついでに彼女の顔を観察して見ると、輪郭に丸みがあり幼くみえた。初めて会った時、十九歳くらいかと思ったがもしかしたら十五、六あたりかも知れない。まぁなんでもいいか。


「あはは、見事なウサギですね……」


「なんじゃ、冷めとるのぅ」


「少し疲れているもので。陛下が聖騎士団にご指名してくれたので訪問者が絶えませんゆえ」


 皮肉。


「喜んで貰えて何よりじゃ」


 笑顔ひとつでかわされた。


「……ひとつ、お伺いします。このマルクト王国にとって聖騎士団とは何なのでしょう」


 こちらを見てハサミで中空を切るようにチョキチョキさせる女王。何かムカつくな。やりたくなるけども。


「ふむ、マルクト王国聖騎士団とは、現国王とセフィロト教現教皇両名の承認によってのみその存在を許される神聖なる騎士団じゃ。主な役割は国と聖地防衛、及び信徒の保護じゃ。お主らを除けば最後に存在したのは百年前じゃな」


 ひ、百年!? 目ん玉が飛び出そうになるくらい驚いたが、何とか平静を保つ。


「百年……降って湧いたような我々には重過ぎる年月のようですが、何故そのような重職をお与えになったのでしょう」


「何故だと思う?」


 十代とは思えないほどの冷徹な青い瞳がこちらを差す。


 適当に答えてもいいが、後の事を鑑みればこちらが有能であると証明しておいた方がいいだろう。顎に手を添え、考えてみる。


 うーん、うーん、あっ、いや、うーん。


 ……うん、思い付かない! 仕方ない、適当にカマをかけてみよう!


「陛下も人が悪い。百人もいれば察しがつきますよ」


 嘘をつく時は堂々と胸を張ろう! ゼロに背筋を伸ばさせる。


「ふむ」


「全て理解しています。国のためでしょう」


 女王だし大体そうだろ。


「ふむふむ」


 いや、頼む……早く語り始めてくれぇ!


「駆け引きする時間が惜しい。女王陛下自身の口から真意をお聞かせ願いたい」


「……ふむ、さすがじゃな。……そう、お主の思っている通り、くさびを打つためじゃよ」


 勝ったな。


 女王マルメロが静かに語り出した。


「マルクト王国は巨獣が入れぬ言わば聖域。外から見れば極上の世界に見える事であろう。しかし、この偽りの平和は外の風を取り入れることができず、内側から腐敗しておるのじゃ」


 へぇ。


わらわのような若き王で不思議に思ったであろう? 我が国の王族は、みな早死にでの。有体に言えば暗殺されておる」


 ひぇー。


「犯人はその都度捕まえておるが、次から次に雑草のように生えてきおるのじゃ。それもこれも巨獣に向けられない不平不満が積み重なっておるからじゃろう」


 なるほどなるほど。


「そして、遅効性の毒のごとく少しずつ何年も掛けて王族が減っていき、遂に妾が王座に就くこととなった。四六時中気を張らなければならぬ現状に妾は参っておった。命が惜しいわけではない。ただ、王室が揺らげば国が傾く。妾が死ねば残るは齢十にも満たぬ妹二人のみ。実質最後の砦である妾が消えれば国の腐敗は加速し、最悪の場合滅亡じゃろう。それだけは何としても避けたかったのじゃ」


 マズイ、眠くなってきた。俺本体は自室にいるから暖かくてウトウトしちゃう。


「そんな折、お主らが現れたのじゃ。巨獣をいとも簡単に倒す怪しげな一団。これは使えると思ったのじゃ」


 簡単じゃないけどね。ヒーヒー言って辛勝してます。


「お主らを迎え入れる事で、巨獣こそが敵であると国民に再認識させ一致団結を目論んだのじゃ。その一歩として聖騎士団の称号を与えることで楔を打った。国から逃げにくくしたのじゃ。長居させればさせるほど愛着が湧き、更に動きにくくなると考えたのじゃよ。かなりの賭けではあるがそれをやる価値はあると考えた」


 なるほどなー。でも言っていいのかそれ。ま、腹の内を話すことで信頼の証に、ってことかな。


「じゃが、お主らが国を乗っ取るつもりであったなら終わりであったな。まぁまだそのつもりかもしれんがの」


 ああ確かに。そんなつもりないから抜けてたな。


「そうですね。いい事を聞きましたので団員と話し合って乗っ取り計画でも立案してみましょう」


 冗談。


「楽しみじゃな。のじゃのじゃ、うふふ」


 冗談通じた。……うん、その前にまたしても出たな。のじゃのじゃうふふとかいう謎のリアクション。のじゃ構文と呼ぶことにする。


「……お主らがこのまま聖騎士団として居着き、名を馳せてくれれば妾の野望も叶うやも知れぬな」


「野望、ですか?」


「それは“巨獣を滅ぼし世界を平和にすること”じゃ。……まぁ夢物語じゃの。ただ簡単に巨獣を倒してくるお主らを見ていたら夢の一つも見たくなろう」


 女王マルメロの笑顔は純粋な少女のそれだった。


 初めて会った時、この女王は大人の言うことに頷くだけの操り人形だと思っていた。だけど、怪しい鎧兵を前に震えひとつ見せず、堂々と語る姿に女王の風格を垣間見ることができた。この少女は自分の意志で決めていると感じる。


 ただ、ちょっと隙を見せ過ぎだな。俺が悪党だったら今この瞬間鎌で切り殺していてもおかしくない。もしかしたら俺が安全な人間だと知るすべがあるかもだが。


 ともかく彼女の元で聖騎士団でいるのも悪くないなって思った。まぁ、万年中二病の俺だから世界平和なんて言葉に弱いだけなんだろうけどな。


「もう実感しておると思うが、これからお主らに様々な厄介事が舞い込むであろう。しっかり国を守りながら、民の信頼を勝ち取るんじゃぞ?」


「無論です。我が死神の鎌は巨獣を狩り、無辜むこなる民草を守護するためのもの。必ずや女王陛下の期待に応えましょう」


 背中の長柄鎌を取り出して武芸でも披露するように何度か回転させて構えた。決まったな。


「お、いい草刈り器じゃな! それでこの辺の雑草刈っておくれ」


「え、いやこの鎌は巨獣を狩る——」


「いいからいいから。どうせ大したダメージも入らんのじゃろ? なら草でも刈ってくれた方が助かるのじゃ」


 カッー、これだから男のロマンが分からないガキはよぉ! とか思いつつ手伝う俺。やさしー。


「あ、もう一つお尋ねしたい事が」


「なんじゃ?」


「陛下の稀に言う『のじゃのじゃ、うふふ』とは何なのでしょう?」


 遂に禁断の果実へ触れる俺。いきなり処刑されたりしないよな?


「ほう、まさかそこに気付くとは。やりおるのじゃのじゃうふふ」


 隙あらば、のじゃ構文挿入するのやめろ。


「ただのノジャヒリ語じゃよ」


 スワヒリ語の親戚かな?


「ノジャヒリ語とは?」


「妾が独自に創作した言語じゃよ。それを使うことにより、『まぁ女王様ったらかわいー』って思わせて民との距離を縮める魂胆じゃ。あ、ちなみに『のじゃのじゃ、うふふ』は相槌に使ってもよし、語尾に使ってもよし、その他どんな場面でも使っていい汎用性抜群の言い回しなんじゃよ! かっー! 妾って天才!」


 ……はぁ?


 マルメロは渾身のしたり顔を浮かべていた。


 ……なんつーか、俺が言うのもなんだけど、ちょっと女王から無能臭がしてきたな。これ前王が暗殺された時点でもう詰みだっただろ。俺が出ていった瞬間、国が滅亡しそう。


 でもさ、この時、俺は思ったんだ。やばい俺が何とかしなくちゃ、って。ダメ男に引っ掛かる女性の気持ちが少し分かった。


 王族って凄く遠い存在だと思ってたけど、なんかちょっと愛着湧いた。いやこのポンコツ女王だけかも知れないけど。とにかくさ、俺が女王と国を守る。やってやるぜ。


「そうじゃ、また森にオークが出たらしいから狩っといてくれんかの。最近なぜか巨獣が国周辺に増えておっての。いやー困った困った。ま、お主らにとっても国民のご機嫌取りになるし悪くない話じゃろ?」


 確かにその方が手っ取り早いな。貴族との腹の探り合いなんかより巨獣の首を山積みにした方が楽だ。駆け引きなんて苦手だしな。


「分かりました。巨獣退治はお任せを」


 ということで次は巨獣狩りだ。もちろん本体は留守番で鎧兵を遠隔操作するつもり。いやー安全地帯から石を投げるって最高。ヌルゲー間違いなしですなぁ。

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