第17話 お嬢様、あなたは神でございました。
「先ほどは失礼致しました、こちらをご購入させていただきたく存じます。あ、包装は不要です」
レジにやってきた、灰色の短髪に銀のラウンドピアスをした変態執事、デセオ・バーリッシュは、店員にムム等身大ぬいぐるみを渡すと、胸に手を当て傅いた。
「いっ、いえ!」
見た目は美男のデセオに傅かれ、店員の女は頬を紅潮させた。
「ねぇ、よく見なくてもかっこよくない?」
「真面目な顔がたまらないねー、どこの執事かなー?」
声をかけられた店員は、隣に立つ女の店員とキャッキャと話し始めた。だが、この店員たちは知らない。
(ああ、早くこのムムたんぬいぐるみをお嬢様にお渡ししたい! だが、お渡しするという事は! 可愛いの相乗効果により、俺の股間の危機! はっ! もしや! 俺は選択肢を間違えているのか!? いいや! 合っている! 久々に見れたあの笑顔! 俺は間違えていない! 俺の股間の一つや二つ! どうにでもなる!)
デセオ・バーリッシュという男が、真顔の時は、ピノ・アリーレンの変態的妄想をしている事を。
そして、彼の妄想はまだ続く事を。
デセオは自分の下半身を見つめ、
(しまった! 俺の股間は一つしかない!)
当然の事に、絶望していた。
(生えろ! もう一本! 生えろ!)
そして、謎の念力を股間に送り、
「生えぬ!」
さらに絶望し、天を仰いだ。
「お、お客様っ、どうされました?」
デセオの突然の叫びに、店員二人は驚いた。
「いえ、何でもございません。お会計はカードで」
デセオは胸ポケットから、ブラックカードを取り出した。ゴールドより格上なブラックカード、借金返済後からの彼の努力と、アリーレン家筆頭執事ということで得られた。
「ブラックカード! 初めて見ました!」
店員二人はまたキャッキャと色めき立つが、
「そうでございますか、それは良うございました」
ピノ以外の女は眼中にないデセオは、事務的な口調で続ける。
「ちなみにですが、
「ホワイト!?」
「真っ白なやわらかい雪餅のような、お嬢様にぴったりなカードで、それはもう、ホワイトカードを持ったお嬢様はお可愛いらしく」
「…………」
「はっ、これは失礼しました」
店員に白い目で見られていたのに気づいたデセオは、胸に手を当て、静かに傅いた。
「では、このムムたん様はいただきます」
そして、ムムたん等身大ぬいぐるみを持ち上げ、ピノの所に戻っていった。
「お待たせしました、お嬢様。こちら、ムムたん様でございます」
「わぁっ、ありがとうございます!」
ピノはデセオからムム等身大ぬいぐるみを受け取ると、ぎゅーっと抱きしめ、満面の笑みを浮かべた。
「ふふっ、ムムくんを抱きしめているみたいっ」
嬉しそうなピノを、
「…………。(脳写脳写脳写脳写脳写)」
デセオは真顔で脳に焼き付けた。
あれから二人は国立動物園を後にした。
ピノはまだ嬉しそうに抱きしめながら歩いている。それをデセオは真顔で気づかれないように見ていた。
「デセオさん」
「はい」
ピノはふと足を止め、デセオを見た。
「私、やっぱりこの国が好きです。あんなに大きな動物園があって、たくさんの人を笑顔にできる。そんなこの国を誇りに思います」
「お嬢様……」
「だから、必ず良い婚約者を見つけて、絶対に帰ってきましょうねっ」
「——そうですね。その時は婚約者とやらが生きて帰れるかわかりませんが」
デセオは後半、聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。
「え?」
「いえ、何でもございません」
だが、すぐに紳士的な笑みを浮かべ、胸ポケットから白いハンカーチーフを取り出した。
「お嬢様、お茶にいたしませんか」
「え、でもテーブルと椅子がありませんよ?」
「それらもこのように」
デセオがハンカーチーフをふわりと投げ上げると、中から白いレース模様が可愛らしいアイアンガーデンチェアとテーブルが現れた。
「
デセオが胸に手を当て傅くと、
「すごーい! 本当に何でも出せちゃうんですねっ」
ピノは自分の手は塞がっていたから、代わりにムム等身大ぬいぐるみの手で拍手を送った。
「——……」
デセオは右手で股間を押さえようとし、止め、空を見上げる、顔を戻す、恍惚、を三度繰り返した。
「デセオさん?」
「いえ、失礼しました。(お嬢様の小さくて可愛らしい手が! ムムたんさまぬいぐるみの手を持つ! フォースハンド! どこかの国にいたという千手の神ならぬっ、四手の可愛い! お嬢様は天使ではなかった! 神だった!)」
「大丈夫ですか?」
ピノはムム等身大ぬいぐるみの手を持ったまま、心配そうにデセオの顔を覗き込んだ。
「毎回ご心配をかけ申し訳ありません。大丈夫でございます。さぁ、お茶にいたしま——」
「デセオさん?」
「失礼いたします」
デセオがすっとピノの前に出るのと同時に、鋭い矢のようなものが飛んできた。
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