第7話 君が、待っていてくれたから。受け入れてくれたから。僕は、ここにいるんだ。

わたくしめの評価に対し、お礼を申し上げたのでございます。ちゃんと言葉は繋がっていますでしょう?」


「ならば! ありがとうございます、わたくしはここに残りますだろうが!」


「ちっ、面倒くせぇなぁ」


「何だと!」


 灰色短髪に銀のラウンドピアスをした、アリーレン家筆頭執事、デセオ・バーリッシュは、わざと聞こえるように舌打ちをした。


 それを聞いたピノ・アリーレンの父親、カパル・アリーレンはさらに激昂した。


「ああ、これは失礼致しました。旦那様がこれ程までに頭が弱いとは思いませんでしたので、つい」


「頭が弱いぃ!?」


「お嬢様」


 「ふーふー」と鼻息が荒いカパルを華麗に無視し、デセオはピノに背を向けしゃがんだ。


 ピノは、純真無垢なだけでなく、物覚え、そして、物分かりが良かった。故に、デセオが背を向けしゃがんだだけで、何をしてほしいかを察し、


「わかりました、スイッチですね」


 あるはずはないが、彼が肩甲骨の間にあると言っているスイッチを押した。


「ありがとうございます。お手数かけて申し訳ございません。ふぅー……、テメェよぉ、俺の話を聞いていたか?」


 デセオは髪をかき上げながら立ち上がると、苛立ちと呆れのため息を吐いた。


「俺は首席で卒業したんだ。首席で。首席卒業者の特権、さすがにテメェでも知ってんだろ」


「つ、仕える家を選べる事だろ!?」


「そうだ」


 執事専門学校を首席で卒業すると、仕える家を選べる。その特権は、雇い主となる家は拒否できず、面接などの採用に関する事柄を一才免除されるという、全執事が全財産を出してもいいくらい、喉から手が出るほど欲しい特権である。


「俺が何故、死に物狂いで学び、首席で卒業したと思う」


「わ、我が家に仕えたかったからだろう?」


「違ぇ。俺は、ピノお嬢様にお仕えしたかったんだ。アリーレン家じゃねぇ」


 デセオの瞳に強い意志が宿る。


「お嬢様と出会い、心身救われ、お嬢様には専属執事がいないと知った。これは一番近くでお嬢様を支えられると、己の命を担保にしてまで借金し、執事専門学校に入学した」


 この世界の令嬢は、専属執事が必ず一人いる。


「首席卒業者の特権を聞き、これしかないと、寝る前も惜しんで勉学に励んだ。そして掴んだ、その特権を」


 デセオは固く右手を握りしめた。


「だが、俺が仕えたいのはピノお嬢様であって、テメェらじゃない。だが、仕える家は選べても、人は選べない。だから、アリーレン家の名前を書いた、それだけだ」


 デセオは右手を開くと、ゆっくり目を閉じた。


「そして、ここにやってきた時に、俺は土下座をするつもりでいた。俺を、ピノお嬢様の専属執事にしてくれ、と。だが、俺がそう言う前に、お嬢様がテメェに言ってくれたんだ」



『お父さん、私、この人に専属執事になってほしい。デセオさんじゃなきゃダメなの』



「ってな」


 デセオは愛おしそうにピノを見つめた。


「——……」


 ピノは体を硬直させ、顔が真っ赤になった。


「またしても救われたと思ったぜ。死に物狂いの勉学と、読み書きもわからない貧民の俺を見る、裕福なヤツらのクソみたいな目からな」


 デセオは苛立ちと嘲笑の間のような、複雑な表情を浮かべた。




 デセオが執事専門学校に入学してからしばらくは、根も葉もない噂ばかりをされた。

 執事専門学校は入学金を払うか、現職執事の推薦があれば、出生は関係なく入学できる。だが、経歴に嘘を書けば、即座に退学となる。そのため、デセオは全てを経歴書に記入した、貧民街スラムタウン出身の元暗殺者アサシンであると。窃盗歴もあると。


 故に、一千万もの入学金は盗んだものだとか、いやいや、豪邸の主人を暗殺して得た金だとか、気が滅入る噂ばかりだった。


 そんな中でも、彼が腐らず、腹が立っても手を出さずにいれたのは、ピノという、静かで穏やかな優しい少女に恋をし、目を閉じれば彼女が遥か遠くで、可愛らしく微笑み、自分を待ってくれているのが、いつも浮かんでいたから。ただ、それを目指せばよかった。


 貧民の暗殺者アサシンと資産家の令嬢という、天と地の差でも。悪臭漂う街で生まれ、血に汚れ、そして、血が染み込み、食べれそうな物なら、残飯から虫や土から何でも漁った、不浄な手でも、彼女なら、優しく包んでくれる、受け入れてくれる。そう確信があったから。


 デセオは、前を向き、首席で卒業できたのだ。


 

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