第6話 お嬢様、これも暗殺者冗談でございます。

「ですが旦那様。旦那様はじめ、アリーレン家の皆様のお嬢様への態度は、あまりに酷く冷たく、わたくしはピノお嬢様にお仕えし始めてから、ずっと殺意を覚え続けているのでございます」


 灰色短髪に銀のラウンドピアスをした、アリーレン家筆頭執事、デセオ・バーリッシュは嘘泣きでも涙を流し、それを指で拭った。


「殺意を覚えるとは! 瞬間的に感じるからそう言うんじゃないのか!」


 顔を真っ赤にし、激昂し続けているピノ・アリーレンの父親、カパル・アリーレンは唾を飛ばしながら叫んだ。


「ええ、ですから。旦那様方の顔を見た瞬間、殺意を覚える。故に、殺意を覚え続けているんでございます。間違ったことは申しておりませんでしょう?」


「正しい使い方だったな! さすが首席卒業者!」


わたくしはお嬢様と出会い、お嬢様にお迎えしたく、首席で卒業しました。そして、美味しそうに召し上がるあの可愛らしいお嬢様の笑顔を、ずっとお傍で見られると、心を弾ませておりました。なのに!」


 デセオは快楽殺人犯サイコキラーが愛用していたナイフの模造品レプリカを、床に突き刺した。


「いざ! お仕えしてみれば! お嬢様はただの一度もお食事の時に笑ってくださらない! ただの一度も!」


 デセオは顔を両手で覆い、天を仰いだ。


「それというのも!」


「ひっ……」


 デセオは指を少し開き、鋭い眼光でカパルを睨んだ。


「旦那様が料理長に指示をし! お嬢様のお食事だけ質素な食材! しかも! 量は半分以下! これがアリーレン家のやり方か! と、わたくしは怒りと悲しみで気が狂いそうでございました……」


「もう狂っているよな、色々と……」


「さらには! それぐらいの量を食べてもお太りにはならないと! 寧ろ、食べない方が健康的にも良くないと! 何度もわたくしが切望してもお嬢様はお残しなさる! わたくしは悲しくて悲しくて! 旦那様方のお顔を見る度に腹立たしくて! はらわたが煮え返るを通り越し!」


「笑いが込み上げたんだな!」


はらわたが飛び出そうでございました」


「もっと怖いな! そしてグロテスクだな!」


「そして己のはらわたに爆弾を仕込め、旦那様方を木っ端微塵にできないかと、日々思っております」


「だから! お前が言うと笑えないんだよ!」


「ええ、ですから、暗殺者アサシン冗談ジョークなんでございますよ、旦那様」


「何がですからなんだ!」


「笑えない冗談、それを、暗殺者アサシン冗談ジョークというのでございます」


「なるほどな! ……少しもなるほどじゃないな! 初めて聞いたぞ!」


「そうでございましょうね。先程、わたくしめが考えましたので」


「お前が考えたのか! げっほっごほっ!」


 カパルは、まくし立て過ぎたのか、肩で息を「ぜーはー」と、苦しそうにした。


「旦那様? あまり声を荒げますと、血圧が上がってしまいます。それ以上、血圧が上がりますと、お薬を飲まなくいけなくなりますよ?」


「お前のせいだろ! というか! 俺が高血圧予備軍なのを何故知っている!」


わたくしは悲しくも筆頭執事……。お嬢様のことだけを考えて生きていたいのに、アリーレン家の皆様はじめ、仕えている他の執事など、全ての者の健康状態を把握する義務がございます」


 「ううっ……」と、デセオは悲しげに目を手で覆った。


「ですので、主治医から言われていたのでございます。旦那様にあまりストレスを与えず、塩分の少ない、あっさりした料理を召し上がってもらえと」


「そ、そうだったのか……。それは、すまなか——」


「ですが、お嬢様へ酷い態度をなさる旦那様など、わたくしは知った事ではありません。料理長には、旦那様は塩っけの効いた、味の濃い脂っこい肉料理がお好きと、伝えておきました」


 デセオは晴々とした爽やかな笑みを見せた。


「通りでな! 最近っ胃もたればかりするわけだ! あーもういい! もうわかった! ピノ!」


「はっ、はい!」


 怒鳴り声で呼ばれ、ピノは姿勢を正した。


「お前がいるとそこの執事が調子に乗る! だからこの家から! 領地から出て行け!」


「え……」


「痩せて令嬢らしい体型に戻り、あのグロンド様よりも素晴らしい婚約者を見つけるまで帰ってくるな!」


「——……」


 ピノは、何か言おうと口を開いたが、言葉を飲み込み、口をきゅっと結んだ。そして、小さく、だけど、しっかり頷いた。


「わかり、ました……」


 ピノの目元に涙が浮かんでいたが、流すまいと、また彼女は口を結んだ。


「…………」


 それを、デセオは爽やかな笑みのまま横目で見ていた。


「ああ、そこの貧民執事」


「はい?」


「お前はここに残っていいぞ。素行そこうを除けば、お前は一流の執事だ。これからも我が家に仕えよ」


「ありがとうございます」


 デセオは胸に手を当て、紳士的な笑みで傅き、体を戻すと、


わたくしはお嬢様と共に、この家を出て行きます」


 爽やか且つ満面の意味で言った。


「支離滅裂だな! 全く言葉が繋がっていないじゃないか! 少しもありがとうじゃないだろう!」

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