第5話 お嬢様、これは、お嬢様のための手品でございます。

「俺に意見をするようになるとは、それもそこの柄の悪い執事の影響だな!」


「だから、デセオさんは努力家の立派な人だって……」


 父親のカパル・アリーレンに、娘のピノ・アリーレンはびくびくしながら、意見を続ける。


「そしてそこの執事!」


「はい」


「ナイフを出したり消したりするのはやめろ! お前は魔法を使えないんじゃなかったのか!」


 この世界の人間は少なからず魔力を持って生まれる。だが、アリーレン家筆頭執事、灰色の短髪に銀のラウンドピアスをした、デセオ・バーリッシュは魔力を持たずに生まれた、珍しい人間だった。


「ええ、わたくしは魔力を持っておりません故」


 デセオは先ほど燕尾服の袖から出した小型ナイフを、手を回しては消し、また回しては出しを、繰り返していた。


「では! 何故そのように出したり消したりできる!」


手品マジックでございますよ、旦那様」


手品マジックだと!?」


「ええ、このように」


 デセオは小型ナイフを両手でパン! と押し潰す仕草をした。


「うわっ……」


 ナイフが手に刺さったと思ったピノは、思わずぎゅっと目を瞑った。 


「ふふっ、大丈夫でございますよお嬢様、手にナイフは刺さっておりませんから。(目と連動してしまったのか、口もぎゅっと結ばれた! その可愛さたるや! 叶うならば! その小さくお可愛らしいお口に! 指を突っ込みたい!)」


 変態妄想を、デセオは紳士的かつ穏やかな笑みで思っていた。


「お嬢様? 目を開けてくださいませ」


「…………」


 ピノは恐る恐る目を開いた。そして、デセオの手にナイフが刺さっていないのを見て安堵し、さらに、ナイフが消えている事に、目を見開き驚いた。

 それを確認したデセオは、胸ポケットから白いハンカーチーフを取り出した。


「こちらのハンカーチーフ、種も仕掛けもございません。ただ、お嬢様がわたくしにくださった大切な大切なハンカーチーフでございます」


 デセオはハンカーチーフを広げると、表、裏と、ピノに見せた。ピノは真面目にじっと見つめ、こくりと頷いた。


わたくしめの左手に、こちらのハンカーチーフを被せますとー」


 デセオは左手を広げ、ハンカーチーフを被せ、ふわりと取り上げた。すると、


「誠に不思議、おしゃれなナイフが出てまいりました」


 デザイン性の高い、スタイリッシュなナイフが現れた。


「すごーい!」


 ピノは笑顔で拍手を送った。


「お褒めいただき、光栄でございます」


 デセオは胸に手を当て、ゆっくりと傅いた。


「というかお前! そのナイフ!」


「はい?」


 カパルはナイフを指した。


「あの快楽殺人犯サイコキラーが愛用していたナイフじゃないか!」


「さすがは旦那様、クソル、いえ、カスル様でもご存知でしたか」


「カスル!?」


「仰る通り、これは五千年以上前に、実在したと言われている、快楽殺人犯サイコキラー“みんなのパパエブリワンズダッド“が愛用していたフォールディングナイフ、の、模造品レプリカでございます。模造品レプリカ故に、殺傷力はございませんのでご安心を」


 デセオはナイフを握ると、心臓を刺す仕草をしながら傅いた。

 彼が握っているナイフは、全長280ミリ、折り畳み式で、刃には葉の彫り細工が施されている。ハンドルはダマスカス材と黒檀こくたん材でできており、滑りにくく手にしっかり馴染むタイプだ。


「ですが、わたくしは甚くこのデザインを気に入っておりまして。模造品レプリカがオークションに出品されると知った時、お恥ずかしながら思わず、「いいなー……」と、漏らしてしまったんでございます」


 デセオは気恥ずかしそうに、頬を紅潮させた。


「ですが、お嬢様はお優しく、そんなわたくしの小さな一言も聞き逃さなかった。恥ずかしがり屋であがり症なのに、わたくしのためにオークションに参加してくださったんでございます」


 「ほうっ」と、デセオは恍惚の表情を浮かべた。


わたくしのために、声を張り上げ値段を上げてくださるお嬢様。その姿があまりにも健気でお可愛らしく、私は——」


「まさか! 殺意を覚えたんじゃないだろうな!」


「一番後ろの席で、自分を慰めておりました」


「もっと最悪だったな!」


「自分を慰めるって、デセオさん、あの時、体調が悪かったのですか?」


 穢れを知らない純真無垢なピノは、心配そうにデセオを見上げた。


「お嬢様、ご心配くださりありがとうございます。ですが、大丈夫でございます。お嬢様のお姿に感動し、涙が流れるのを堪えていた、という意味でございますよ」


 全く意味は違うが、デセオに優しく微笑まれ、真っ白な心のピノは、


「そっか、そんなに喜んでもらえていたなら、私も嬉しいです」


 彼の言葉を信じ、嬉しそうに微笑んだ。


「そうだ、手品マジックで、思い出しました。この手品マジックに関しましては、旦那様にお礼を申し上げなければなりません」


「珍しいな! 明日はナイフが降りそうだな!」


「そう、ナイフ。旦那様のお嬢様への態度があまりにも酷く、わたくしは日々思っておりました。ああ……、自由自在にナイフを出現でき、一思いに刺させていただけないものかと」


 デセオは悲しげに、目を伏せた。


「うん! 刺させてやらないな!」


「ですが、わたくしには魔力がない、魔法が使えない。何か、魔法以外で出現させる方法はないのかと、苦悩しながら手を回しましたら——」


 デセオは右手をくるりと回した。すると、手の平にさっきの物とは違う、ナイフが現れた。


手品マジックができるようになったのでございます」


「ある意味っ魔法よりすごいな!」


「ですが、全ては上手くいかず、殺傷力のないナイフや、玩具のナイフばかり」


 デセオが残念そうに眉を下げると、カパルは胸を撫で下ろした。


「でも、たった今、初めて成功しまして、切れ味のある、殺傷力の高いナイフを出現できました」


 デセオは満面の笑みをカパルに向けた。


「やめろー! 俺はまだ死にたくないー!」


「ふふふっ、そう怯えなくても大丈夫でございますよ、旦那様。暗殺者アサシン冗談ジョーク故に、このナイフも殺傷力はございませんので」


 デセオは可笑しそうにくすくすと笑った。


「お前が言うと笑えないんだよ!」

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