第4話 お嬢様、お嬢様以外はクソでございます。

「というかさっきお前! グロンド様をクソンドと言っていたな! まさか! それをご本人に言ったわけじゃないよな!?」


 執事としては異端な、両耳に銀のラウンドピアスをしている、アリーレン家筆頭執事、デセオ・バーリッシュは、あるはずのない執事スイッチとやらを手を伸ばして押した。


「言いましたが、それが何か」


「何だと!?」


 デセオは飄々と続ける。


「クソにクソと言う、至極当然のことでございましょう。いえ、クソンド様はクソ以下でございますね。しかし、クソ以下の単語など、あるのでしょうか。お嬢様? お嬢様ならクソ以下の単語を、ご存知ではありませんか?」


「え? 私?」


 婚約相手とのディナーのために、淡いピンクのパフドレスを着た、寸胴体型に焦茶のミディアムヘアーなピノ・アリーレンは、デセオに話を振られ、少し驚いた。


 “クソ”以下の単語など、あるかわからない。知っていたとしても、公爵令嬢であるピノが口にしてはいけないような言葉である。

 だが、純真無垢なピノは、


「んー……」


 真剣に考え込み、


「……カス?」


 答えを導き出した。


「さすがお嬢様! 博識でいらっしゃる!」


 デセオは恍惚の表情を浮かべ、頬を紅潮させた。


「旦那様、先程の言葉を訂正致します。クソンド様、ではなく、カスンド様でございました」


「どっちも同じようなものだな! それにクソンドの方が発音が同じで言いやすかったな!」


 顔を赤くしながら、ピノの父親、カパル・アリーレンは激怒した。


「旦那様は我儘でございますね。ですが、クソンド様はクソ以下、それは、クソに対する侮辱でございます」


「訳がわからないな!」


「まぁ、わたくしにとっては、お嬢様以外はクソ。よって、わたくしも旦那様もクソでございます。なのでご安心を」


 デセオは胸に手を当て傅くと、にこやかに笑った。


「どこをどう安心すればいいんだろうな!」


 カパルが鼻息を荒くして激昂していると、


「デセオさん」


 ピノがデセオの燕尾服の裾を掴んだ。


「はい、何でございましょう」


「デセオさんはクソなんかじゃないです。借金までして執事専門学校に入り、首席で卒業した。努力家の立派な人です」


「お嬢様……」


 デセオは感銘を受け、瞳を潤ませた。



 この世界の執事は、執事専門学校を卒業しないとなれず、入学金は莫大な額である。

 ピノに救われ、恋に落ちたデセオは、彼女を支えたいと執事を志したが、貧民街スラムタウン出身の彼にそんな金はなかった。


 執事専門学校に奨学金制度はなく、金を払わずに入学する方法は現職執事の推薦のみ。

 当然、デセオにそんな知り合いはおらず、彼は頭を悩ませた。

 そして、閃いた。借金をしようと。


 だが、当時、まだ子供でしかも貧民街スラムタウンのデセオが金を借りるのは、容易ではなかった。


 しかし、デセオ少年には、ある考えがあった。それは、


『おれの臓器や四肢を担保に金を貸してくれ。金を返せなかったら殺せ』


 自分の体を、命を担保に借りるという方法だった。


 貧民街スラムタウン出身の暗殺者アサシンだった、デセオならではの考えだった。


 

 デセオは貧民街スラムタウン出身だが、大きな病は患った事はなく、臓器はきれいなものだった。これは高く売れると踏んだ悪徳金融機関は、彼に一千万を貸し付けた。


 こうして、デセオは無事に執事専門学校に入学でき、首席で卒業した、愛と努力と、執着の、変態である。


「——……」


 そんな変態男デセオは、恍惚の表情のまま目頭を押さえ天井を見上げた。


「旦那様、前言撤回致します」


「そうか! グロンド様と俺への無礼を詫びるか!」


「いいえ」


「は!?」


「そうではなく。お嬢様以外がクソではなく、お嬢様とわたくし以外、クソでございましたと、訂正致します」


「もっと最悪だな! 余計に腹が立ったぞ! そうだ腹が立ったついでにいい機会だ! 俺はお前に前々から思っていた事がある!」


「何でございましょう」


「あの汚らしく臭い貧民街スラムタウン出身なのも不快だがな! そのピアスも気に食わなかった! 外せ! それでも執事か!」


「……お父さん」


 ピノが一歩、前に出た。


「執事がピアスをしてはいけないという法律はどこにもないよ。それに、生まれは関係ない、出身で人の良さは決まらないよ」


 ピノは少し怯えながら、意見した。



 だが、ピノは知らない。


 斜め後ろで、


(お嬢様が俺のために旦那様に意見をなさっている! お怖いでしょうに! 体が少しプルプルと震えなさっている。だが、そのお姿も愛らしい! そうっまるで! 寒くて震えてらっしゃった時の! 皇帝ペンギンカイザーピングイーンのムムたんのようだ!)


 専属執事が興奮し、股間を大きくさせていた事を。


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