第3話 お嬢様、旦那様にご他界していただくのはどうでしょうか。

 グロンド・ラッヘンが帰宅し、静まり返った五つ星レストラン。

 ただ何事かと、ピノ・アリーレンとデセオ・バーリッシュを周りの高所得者たちがチラチラ、又は、ジロジロと見ていた。


「…………」


 騒がせてしまった事と、注目された事により、ピノは申し訳なさと恥ずかしさを感じ、丸いを体を窄め、俯いた。


「お騒がせいたました。皆様はどうぞお気になさらずお食事をなさってくださいませ」


 何も気にしていない様子のデセオは、周りの客に恭しく頭を下げると、ピノに向き直った。


「さぁ、わたくしたちもお食事を再開しましょう。わたくしがクソ……、グロンド様の分をいただくのはしゃくさわりますが、真心を込めて作ってくださった方に、申し訳ないですからね」


「……うん、確かに料理人さんたちには申し訳ないんだけれど、デセオさん、私の分も食べて?」


「いかがなさいました!? はっ! まさか先程のクソンド様のせいで、ご気分が悪くなり食欲がなくなりましたか!?」


「ううん……、確かに少し落ち込んだけれど、大丈夫」


「で、ではっ、せめて! 最後のデザートだけでも!」


「ううん……、やっぱり、痩せなきゃ……」


「痩せっ……!? ——クソンドのヤロー……」


 デセオは、静かに、いや、しっかりと、殺意を覚えた。










 アリーレン家。


 二人が帰宅すると、


「どういう事だピノ! ラッヘン家との婚約を破棄するとは!?」


 口髭を蓄えた焦茶髪リーゼント、ピノの父親カパル・アリーレンが、すごい行相で待ち構えていた。


「ごめんなさい……」


「先程、グロンド様のご両親からお怒りの電話があったぞ! あんなに気分の悪い食事は初めてだった、もう二度とアリーレン家とは関わりたくないと息子が言っていたと!」


「ごめんなさい……」


 ピノは、先程のように消沈し体を窄ませ俯いていく。


「——……」


 デセオは隣で爽やかな笑みのままだが、時々、口の端と眉がピクピクと動いていた。


「大体な! 俺がお前のために写真を良家に配り回った! その努力と苦労をお前は台無しにしたんだ!」


「ごめんなさい……」


 ピノはどんどん俯いていく。


「それにそもそも! お前がそんな体型じゃなきゃ! ここまで苦労しなくてよかったんだ! 全てお前のせいだ! このデブ!」


「ごめん、なさい……」


 ピノの目から、一雫の涙が、床にポタリと落ちた。それを、デセオは見逃さなかった。


「……お嬢様? わたくしのスイッチを押していただけますでしょうか?」


「スイッチ?」


「肩甲骨の間にございます」


 デセオが背を向けしゃがむと、


「この辺、ですか?」


 スイッチなどないのだか、純真無垢なピノは真面目に受け取り、デセオの肩甲骨の間を右人差し指で押した。


「ありがとうございます。只今をもちまして、わたくしの執事スイッチはオフになりました」


 デセオはすっと立ち上がると、カパルを睨みつけた。


「テメェよぉ、さっきから聞いてりゃあ言いたい放題言いやがって」


「テ、テメェ!?」


「テメェの努力と苦労だぁ!? テメェが勝手に写真をばら撒いただけだろうが! 大体よぉ! 人を見る目はテメェよりお嬢様の方があんだよ! ただお嬢様は! とてもとても恥ずかしがり屋でお可愛くいらっしゃる! だから出会いがないだけなのに、それなのに、全てお嬢様のせいだぁ!?」


「うっ……」


 デセオの眼光がより鋭くなり、ドスの効いた声になっていく。


「大体よぉ、お嬢様の体型だって、テメェらが美味そうに食うお嬢様が可愛いと、たくさん食わせたからこうなったんだろうが。いや、今の体型は大変お可愛らしく、毎日興奮しているから、それはどうもありがとう、だが、だ・が。最後の“デブ”だけは許せねぇ。はらわたが煮え返るのを通り越してなぁ、笑いが込み上げ、それはもう、殺意を覚えたぜ」


「お前はすぐに殺意を覚えるな! それにっ、お前なら本当にやりかねんからやめろ!」


「そうだろうなぁ、何せ俺は——」


 デセオはどこに隠していたのか、それとも自由に出せるのか、服の袖から小型ナイフを取り出すとカパルに向け、投げた。


「ひっ……」


 ナイフは、カパルの左頬から僅か一ミリだけ離れた距離で壁に刺さった。


「元暗殺者アサシンだからなぁ、俺の手加減一つで、今のようにテメェらは常に、生死の別れ目にいるんだからよぉ。その事を忘れんな」


 デセオは、狂気を含ませた瞳で睨み、紳士的なのにどこか歪んだ笑顔を見せた。


 そう、このデセオ・バーリッシュという男は、実は貧民街スラムタウン出身の元暗殺者アサシンである。


 だが、好きで人を殺めていたわけではない。

 生きるため、金を得るためだ。


 

 貧民街スラムタウンは、どちらかというと、赤ん坊を含め、子供が多かった。餓死した子供の数は数えきれない程。

 それぐらい、飢えている子供たちの、身を寄せ合う場となっていた。


 それを、利用する悪知恵の大人たちが、暗殺者アサシンの道へと誘惑した。こいつを殺せば金と食べ物をやると。ただでさえ、判断力がまだしっかりしていなく、その上、飢えていて何も考えられないような子供たちは、その誘惑に乗るしかなかった。

 デセオもその中の一人だった。


 だが、彼が他の子供たちと違ったのは、ピノという心優しい少女に出逢い、身も心も救われ、そして、恋に落ちたということだった。

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