第47章| トモコとのランチ <1>あの日の件

<1>



――――表参道のレストランにて。友人のトモコとランチに来ている。



「・・・・・・え。ってことは里菜、グデングデンに酔っ払ってぇ、それでその職場のメガネくんが里菜の部屋まで来たけど、結局、な、な、何もなかったのぉ!!?? 」


「ちょっとトモコ! 声が大きいよぉ~」



オシャレなエリアで目にも楽しいフレンチスタイルのランチを楽しんでいる意識高い系の男女が、紛れ込んだ異分子の私たちをチラチラと伺い見る視線を全身に感じた。


「え。あ、ゴメンゴメン。ゲフゲフンっ。まさか酔っ払った男女が密室にいて何も起きないとは思わず・・・・・・グエッ」

トモコが水を喉に詰まらせて苦しそうに話す。



「もうっ。目立つから無理してしゃべらなくていいよ。私もちょっとあの日、緊張して飲み過ぎてた・・・・・・。トモコが『さっさとヤッちゃえ』って言うから、決心していつもの3倍くらいのペースでお酒飲んでたの。で、記憶がないっていう・・・・・・」



「あはは、里菜、保健師でしょ? アルコールの摂取量多過ぎだよ! そこはうまく微調整して、酔ったフリしないと~」トモコが喉を苦しそうに押さえながら大笑いする。



「だって・・・・・・しらふじゃ乗り切れないことも、あるでしょう? 」


お皿の上のメインディッシュに飾られた、鮮やかなピンクのお花をフォークの背に載せた。可憐な花は、エディブルフラワーっていうらしい。食べられるお花だそうだ。珍しい。


「んー。まぁね。で、朝まで部屋にいたの? 鈴木先生」


「ううん。起きたらもう、部屋にはいなかった。私はいつの間にか布団の上に寝てて、ちゃぶ台に『鍵はドアの新聞受けに入れておきます。お大事に』ってメモが置いてあったよ」


口の中に、ソースと混じり合った花びらのシャキシャキ感が伝わる。

慎重に噛んでみたけど、お花の味は特に感じなかった。



「それって記憶がないだけでヤッてんじゃないの? 起きたら布団の上にいたんでしょ? 」


「あり得ない。100パーセントないよ」



トモコの言葉に、ふと婦人科検診の問診票が頭をよぎって、ソースの味さえも一瞬わからなくなった。焦って料理を飲み込んだ。



「そーか・・・・・・・・・」



「結局あの日、お疲れ様会のご飯代は全部鈴木先生におごってもらってたし、タクシーでお店からアパートまで送ってもらっちゃってた。お礼のつもりが、かえって負担をかけてしまって申し訳なかったと思ってて・・・・・・。

次の日に会社で会ったとき、せめてお代の半分は支払わせてくださいって言ったら『別にいいです』って言われて、食い下がったんだけど『それなら、いつかコーヒーでもおごってくれればいいですよ』って流されちゃった」


「ウンウン」


「でもね。うちの会社ってすっごくいいコーヒーマシンが置いてあって、バリスタが豆から挽いたみたいな超美味しいのがいつでも無料で飲めるから、わざわざ外でコーヒー買ってくる必要ってないんだよ・・・・・・。やっぱりこれ、脈無しだよね? 」



「うーん。せっかく女子の部屋まで訪ねる関係になったのに、あっちから積極的に距離を縮めてくる気配無しということかぁ。なんとなくだけど、『脈拍触知はきわめて微弱』ってカンジかなぁ・・・・・・。ほっておくと心停止しちゃいそう。

残念だけどやっぱり鈴木先生、女体には興味がないタイプなのかもね。サッサと次を探したほうがいいんじゃない? 」


「う、うん・・・・・・そうだよね」


私としては、まだ気にはなっているものの。

荒巻先生とのペアになってから、鈴木先生との接触頻度は激減している。特に声もかけられていない。


“きっと鈴木先生は女体に興味がないタイプだから、次に行きなよ”、って表現してくれるトモコの密かな気遣いが伝わって、じんわりと苦い感じが喉から胸に広がっていった。


やっぱり私はこのままずっと一人なのかなと思うとうっかり悲しくなりそうだから、無理に話題を変えた。



「それで、トモコは最近どう? マッチングアプリで彼氏できた? 」


「よくぞ聞いてくれましたっ。実はね、すっごくイイコトがあったんだよ~ん♥ 」



真っ白なテーブルクロスが敷かれた机から身を乗り出して、トモコが携帯電話の画面を見せてくれた。



「イイコト・・・・・・きゃっ。こっ・・・・・・・・・これは・・・・・・・・・!? 」



画面には、ダビデ像のような筋肉美の、バッキバキのイケメンの全裸姿が写っていた。


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