第39章|後日談 -砂見礼子sideその1- <1>保健師訪問(砂見礼子の視点)

<1>



 ある日。先日、高ストレス者面談に同席してくれた保健師の足立里菜さんが会社に訪ねてきた。今日は産業医の同行はないようだ。仕事の合間に会議室を案内して、二人で話した。


「砂見さん。ストレスチェック実施後、会社のご状況などはいかがですか」


「そうですね・・・・・・『株式会社E・M・A』の講演で聞かせてもらった内容を参考に、見様見真似みようみまねで職場環境改善に取り組んできたんですけど・・・・・・。自分で言うのもなんですけど、ちょっとはチームの結束力や満足度、上がっているかなって思います。新しいメンバーもだいぶ育って、残業も減りつつありますし」


「それは良かったです!! あっ・・・・・・そうだ。実は、この前ご質問頂いた件、私、あらためて緒方社長に聞いてきました」


「ああ、『エンパワーメント』っていう言葉の意味、ですか? 」


「はい。うちの社長は “勇気づけること” だと・・・・・・そう言っていました」


「【中間管理職に求められる、最も大切な役割とは、】。ということは、中間管理職の一番大切な仕事は、周囲を“勇気づけること”・・・・・・・・・ってことですか? 」


「はい! そのようです」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。うふふっ。なんかそれ、わかるかもしれません」

私は思い出し笑いをした。

「ちょっと仕事からは外れる個人的な体験なんですが・・・・・・、先日、娘が、私との親子げんかのあとで突然行方不明になって、家出をしたのかもしれない、って夫と近所を探し回る大事件が起きたんです。結局、娘は家出してなくて、あとで無事に見つかったんですけどね。

でもそのとき私、反省しました。娘に対して、自分の固定観念や不安を押し付けすぎていたなぁって。

娘がやってみたいと言っていたことがあったんですけど、『そんなことはあなたには無理だから、ママが勧めることをやりなさい』ってお説教して、見事に反発されて言い合いになってしまって。他にも、女の子だから、そんなに美人じゃないから、きっと娘には無理だ、って、私が勝手に心の中で決めつけていたこともあったんですよね・・・・・・」


「そんなことが・・・・・・」


「ええ。でも、娘が無事に家族のもとに戻ってきたとき、それだけで涙が出るほど嬉しくて。それで考えたんです。私は母親として、娘になんて言ってあげるべきだったのかなあって。

・・・・・・『あなたならきっとできるはず。ママはいつでも応援する。どうやったらいい形で実現できるか、一緒に考えてみよう』。そう言ってあげられてたらよかった、って思って・・・・・・。それって、もしかしたら『エンパワーメント』な声かけかもしれないと、いま、足立さんのお話を聞いていて思いました」


「そうかもしれませんね! 『エンパワーメント』って、全く経験のない人にはできないことだと思うんです。砂見さんは人生の先輩として色んなことを知っていらっしゃるから、娘さんの危なっかしいところも見えていたのかなと。でも経験があるからこそ、夢を現実にするのを手伝う力も、お持ちのはずで・・・・・・」


「私、やっぱり子育てと中間管理職の仕事って、近いところがある気がしています。中間管理職、上にも下にも挟まれて、報われないつらい仕事だと思っていたけど、真ん中世代の私たちに一番求められる役回りって、そういうことなのかもしれませんね。『エンパワーメント』か・・・・・・いいこと聞きました。会社でもそういうつもりで、同僚や部下に接してみますね」




――――――あなたには無理。そんなのできっこないのよ。それじゃ幸せにはなれないの。


若い女の子に囁く、おとぎ話の中の呪いの魔女みたいな言葉をかけるのはやめよう。




――――――きっとできるよ。大丈夫。私も手伝うから、一緒に実現しよう。



自分にも、周りにも、未来の世代にも、そう言ってあげられる存在になりたい。


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