第37章|高ストレス者の面談報告書<2>砂見礼子さんとの会話(足立里菜の回想)

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【砂見礼子との会話】



――――――先日はありがとうございました。ええ、仕事のほうは、それなりに頑張ってます。



でもねぇ・・・・・・私のストレスって、本当はプライベートに関することがかなり多いのかも。

日々の子育て、娘の将来、夫との役割分担・・・・・・。



子育てって、いつも新しいクエストの連続なんです。


娘が生まれたばっかりの頃、自宅に娘を連れ帰って、さあどうする?って一瞬目の前が真っ白になりました。絶対に死なせてはいけない、いちども育てたことがない生き物が自宅にいるんです。


スマホで必死に、育児のことを調べました。

でも、どんどん娘の状態は変わっていく。やっと授乳に慣れたと思ったら離乳食が始まる。次のステップに行かなきゃいけない。ときどき病気にもなる。トイレトレーニング、保育園に入る手続き、小学校1年生になったらって・・・・・・。知らないことが次々に起こるんです。


そのたびに自分なりに頑張るんだけど、世間の『理想のお母さん』と比べて自分はダメだなぁって思ったりするし。体力は年とともにどんどん衰えて疲れがとれない。自由時間がもっと欲しいよ~って思ったり。


慣れない育児で混乱しているところに、夫を巻き込んだり、家族の健康を気遣ったり、仕事したり。

あっちもこっちも回さなきゃならないから、もう大変で・・・・・・。



時々、『会社で自分の仕事だけしてればいいなら、そっちのほうが、よっぽど楽だったろうなぁ』って思ってしまうんです。


私、別に仕事ができるほうじゃないですよ。


でも仕事は長い間やってると、ある程度はパターンが見える。

それに頑張れば頑張っただけ、お給料っていう“わかりやすい報酬”が返ってくるじゃないですか。



あっ・・・・・・ごめんなさい。

こんなこと言っちゃったら足立さんが将来に夢を持てなくなるかもしれないけど。

基本的には子供ってすごくカワイイの。


私が年を取っておばあちゃんになっても、この子が新しい人生を過ごしてくれると思うと、それだけで本能的に喜びを感じるっていうか・・・・・・。



そうか。今ちょっと思いついたんですけど。



中間管理職の仕事って、子育てに近いところがあるのかもしれない。

やっと少しは一通りのことがわかってきたぞ~ってところで、今度は『育てる側』に回らされる。


自分のことだけを繰り返しやるのは簡単なんですよ。やったことがあるから。

育てるほうは初めてだから、迷うし悩む。



自分が失敗した過去を恥じてるし後悔してるからこそ、過去の成功体験を基準にして『これが正解なんだよ』って口出ししたくなる。強引にでも正解ルートに導いて、最短時間で促成栽培しちゃいたくなる。


古い考えに矛盾や反発を感じているくせに、いざとなると現実考えて、なかなか全部取り払うこともできなくて。


心の底では早く育てて楽になりたいわ~、とも思ってしまっているんですよ。

さっさと世間並みに手堅く仕上げて、そこそこ形になったな~、うまく育てられたわ~って、こっちも安心したいんですよ。


だけどまっさらな若い世代の人には、そういう勝手な押しつけ指導が、迷惑に思われちゃうんだろうな。



・・・・・・そう考えると、私の悩みって、中年世代にはよくあることなのかもしれないですね。




お引き留めしちゃってごめんなさい。


プライベートでどんなストレスがあるかなんて、会社には一切関係ないことでしたよね。



高ストレス者の面談をしてくれた、あの産業医の男の先生・・・・・・鈴木先生、でしたっけ?

あの人にはきっと、言ったら嫌がられると思ったから、私、最初から言わなかったの。


理解してもらうのは難しいだろうなって。

だって結局、妊娠、出産、子育てで振り回されるのって、圧倒的に女のほうだもの。




あ、そういえば。実は私、先日の勉強会資料でひとつ、わからない部分があって。


足立さん、せっかくだから、意味を教えてもらえますか?? 


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