第29章|誰も知らないふたりの話 <6>天国のような空(鈴木風寿の回想)
<6>
不思議なことに、どんなに睡眠薬を変えても眠れなかったのに、川瀬花蓮と朝出かけるようになってからは徐々に、夜ぐっすり眠れるようになった。
それに花蓮とは話が合った。
面白いと思う話題が同じだった。
言葉にできないお互いの感性や
ずっと前から知り合いだったかのように、彼女の隣にいることは気楽で自然に感じられた。
ある日。
前日までの天気予報では晴れるかどうかはっきりしない朝だった。
天候が悪ければ引き返すつもりで、日の出る前にいつもの海岸に二人で出かけた。
海沿いの薄暗い道を歩いているうちに水平線から日が昇り、空が、水色、紫、ピンク、オレンジをグラデーションにして絵の具で染めあげたように光りはじめた。綿毛のような無数の丸雲を、金色の日射しが照らした。
すべてを包み込むようにどこまでも天高く、抜けて広がる空の色彩を、人の足跡がひとつも付いてない平らな砂浜が鏡となって映し出した。見事な日の出だった。藍色の波と白い泡がただ穏やかに、繰り返し、浜辺に滑って流れて来ては、帰っていった。
幻想の中に切り取られたような風景に見とれて、心が鷲掴みにされて震えるように感じた。
何をしても楽しくない、何を見ても面白くもない、と思っていた白黒の日々が、突然フルカラーの鮮明なものに変わったように感じた。
――――――あのとき死ななくて良かった。生きていられてよかった。
細かい光の粒を返して揺れる波の間から、サーフボードを抱えた花蓮がこちらに向かって笑顔で大きく手を振った。彼女の濡れた黒髪から滴る雫さえ、陽光で女神の宝石のようにきらきらと輝いていた。
――――――大丈夫だ。きっと何があっても、俺は自分の力で乗り越えていける。
身体じゅうの細胞に目覚めのスイッチが入ったように、頭の中に立ちこめていた
それからは一度も、死んでしまおうかなどと思わなくなった。
俺は、あの朝に見た天国のような光景を、一生涯忘れることはできないだろう。
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