第23章|人生ゲーム <18>file title:断酒会でのスピーチ原稿(折口勉).doc
<18>
折口勉といいます。自分はかつて、酒に依存していました。今も断酒を続けるために、定期的にこの会に参加しています。
自分がアルコール依存になったのは、苦痛で過酷な現実を生き延びるために、
誰にも言えない孤独、金銭的な不安、仕事のストレスなど。
自分は人付き合いが苦手で、友達も多くありません。
仕事では、安月給で、ノルマに追われ、上司にめちゃくちゃに怒鳴られるような毎日を過ごしていました。
当然、夜中にふと考えるんです。俺の人生、面白くねぇな、足りてないな、と。
そういう時、アルコールをぐっとあおると、全部忘れて気分よく過ごせたから……。
ですが飲む量は増えていったし、飲み方は途中からどんどんおかしくなっていきました。
飲みすぎて吐き気がした朝に、酔いを覚ますために飲みました。
酒が切れて震える手を止めるために、また酒を飲みました。
会社でこっそり飲んだこともある。仕事も行ったり行かなかったりになりました。
振り返ればその頃はもう、自力では酒の量をコントロールできなくなっていました。
“依存症”を突き詰めていくと、最後は根本的な、大きな課題に突き当たるのではないでしょうか。
一番大切にしたいものは何か。
強さと弱さってなんだろう。
弱さを認めたうえで、どこを目指して、どんな人生を作り上げていきたいのか………。
酒に溺れていたあの頃、自分の場合は完全に思考停止していました。
現実から逃げてばかりで、考えることをしなくなっていた。
でも、酒が抜けて、もう一度考えました。
酒浸りになってしまうより、楽しい生き方はいくらでもあるよなぁって………。
自分はいちどアルコール依存症になってしまったから、断酒を頑張っています。一滴でもまた酒を飲むと、アルコール依存の脳に形成された“報酬系”という回路が興奮し、再活性化され、自分でコントロールできない、発作的な大量飲酒に逆戻りしかねないからです。
けれども、もし依存症になる前に、アルコール依存についての正しい知識を持っていたら……。
適度にブレーキをかけて、節酒を心がけながら、今でも楽しく酒が飲めていたのかもしれない。
酒が好きだったからこそ、もっと早くアルコール依存症のこと、適度に飲むことの大切さを知っておけば、生活が違ったかもしれない。これは今さら遅いですけど、後悔している点です。
話は変わりますが、自分は哲学科卒で、地味に『哲学カフェ』っていう自主サークルもやっています。
哲学って面白いんです。今の人間が悩むようなネタは、昔の哲学者もさんざん同じように悩んで、議論したり、考えをまとめて発表したりしているからです。時代が変わっても人間の本質って似たようなものかもしれない、と思えるから面白い。
哲学を通して、過去の人類の迷い、悩み、思索と試行錯誤の蓄積は、万人に向けて開かれています。
金儲けにはならないので、残念ながら哲学を学んでも大金持ちになることはできませんでした。
けれどまた、この世に悩み多き人間がいる限り、必要とされるものでもあると思っています。
誰かと話してみたくなったら、興味があったら、『哲学カフェ』に、気軽に遊びに来てください。
依存症は、酒だけじゃなく、色々なものに対して起こり得るものです。
人間は、何にも依存せずには生きられないと思っています。
けれども、ひとつの何かへの行き過ぎた依存状態は、いずれ日常生活を侵食してきます。
依存症は人間にとって、意外と身近で、陥りやすいものです。
ですから、もしあなたが依存症の当事者であれば、ぜひ、まだ依存症のことを知らない人に、自分の経験を教えてあげてください。
あなたが当事者ではないのなら、ぜひ、依存症で苦しんでいる人の話を、心を開いて聴いてあげてください。
対話を通して思いがけず与えられる救い、関わりの中で見えてくる支えあいがあると思います。
実際に僕も経験しましたし、きっと皆さんにもそういう力があるはずだと信じています。
最後に僕の好きな言葉を贈ります。
自分が哲学を学ぼうと思ったきっかけの言葉です。
―真の賢者は 己の愚を知る者なり。 ソクラテス(紀元前470~前399)
この言葉の意味が、わかったと思う日もあれば、わからないと思う日もあるんです。
自分は中年だっていうのに、悟りも開けず、不完全で愚かな人間です。
アルコール依存症になんて、本当はならない方が良かった。
でも今、色々経験した上で、それでも毎日を前向きに生きていこうと思っています。
以上です。
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