第23章|人生ゲーム <14>『哲学カフェ』最後の訪問者(折口勉の視点)

<14>



―――ハァ……終わってみれば今日は、産業医、中泉、伏野さんと、盛況だった(?)なぁ……。


 集会所の鍵を返す約束の時間、17時が迫っていた。


『哲学カフェ』に訪れた人たちはみんな帰ってしまったし、俺はそそくさとレジュメを集めて店じまいを始めた。



その時、入口で物音がした。



「あ~、次に部屋を使う方です………か………? 」



集会所を次に予約している者が時間よりも早めに来ることは、わりとよくある。

愛想笑いを作って顔を上げた俺は、そこに立っていた予想外の来客に、目を見開いた。



集会所にやってきたのは、長らく連絡が取れなくなっていた友人の………………………



「オイ………山田……。山田か!? お前、生きてたのか!!! 」俺は山田に駆け寄った。



もともと顔色がいいほうではない山田は、土気色の顔をして、集会所の部屋の入口に、猫背でぼうっと立っていた。

まさか幽霊じゃないだろうな、と思いながら俺はその質感を確かめ、確かに生きた人間だと思って安堵した。


「折口……久しぶり。ごめんね。俺が言い出した『哲学カフェ』、すっかり任せちゃってさ……」


「本当だよ! さんざん心配したんだぞ……。連絡取れないから、死んでるんじゃないかと思ってたんだ………。どこ行ってたんだよ。ウクライナか? それともパレスチナか? 」


「…………ソビエト連邦……」


「あ? ソ連だと!? あの国は、もうなくなってるだろ!! 」


「『ゴール・オブ・デューティ』のオンライン……第二次世界大戦のやつ………ずっとプレイしてた………」


「オンラインゲーム? 」


山田は、こくん、とうなずいた。

「昼夜逆転で………。ずーっとゲームしてた……チーム組んで……。一日14時間くらい夜通しプレイしてて……携帯も、ガスも止められちゃって、いよいよまずいなって思って、それでもやめられなくて………」


山田の目の下のクマが、三重くらいになっているのを見ると、あながち言っていることが嘘とは思えなかった。もともとゲーム好きなのは知っていたが、完全にゲームに日常生活を侵食されていたようだ。


プレイヤーがインターネットを介して仮想空間で共同プレイするオンラインゲームでは、活動時間帯や気の合うプレイヤーが見つかると、あっという間に強固な人間関係が出来上がることがある。またオンラインゲームには、明確な“ゲームクリア”がないことが多い。アップデートなどにより次々とゲームが拡張されたり、チームで高スコアやバトルの勝ち抜きを狙ったりすると、夢中になり、仮想空間が本拠地、、というような状態になる者も多い。いわゆる“ネトゲ廃人”というやつである。


「実家の親が心配して……病院にも連れていかれて、医者から『ゲーム依存症』だって言われた……。途中からは、プレイしてもそんなに楽しくない日もあった。でもちょっと我慢してからまたログインすると、やっぱり、のめり込んじゃうんだ。ドバーって脳汁がでてさ………」


「そうか。日本にいたとはな……。俺、山田のことだからきっとまた、フラッとどこか海外の紛争地帯に行ってて、それで連絡取れなくなってるんだろうって、思ってたんだぜ」


「行きたかった……でも行けるわけない…」


「えっ………」


「向こう見ずだった若い時とは、違ってんだ。俺もオジサンになっちゃった。気力も体力も、手ぶらで戦地訪問できるほどには、もう強くはないよ。それに、もし今の俺がそれをやったら、にも迷惑を、かけちゃうかもしれないじゃん……」


「……山田…………」


山田のシルエットに、確かに見える大学時代の面影。

飄々としてて、でも人一倍、勇敢だった山田。好奇心の塊みたいだった山田。


銃撃音の中で日常を暮らす人々の生活を知りたい、というだけの理由で、ツテもないのに身一つで中東に出かけて行って、現地人に溶け込んで数ヶ月、そのまま暮らしていた山田。


俺には、その時の姿がまだ見えているんだ。

でも知らない人には、ただの年相応の、どこにでもいる平凡な、しょぼくれた中年男性に見えるだろう。


俺だっていつの間にか年を取った。

見た目も変わったし、気持ちばかり若くても、身体がついていかないときがある。

社会に揉まれて飼い慣らされた分だけ、世間に対して自主規制することを覚えた。


。胸が締め付けられるような気がした。



「折口はまだ真面目にサラリーマン、してるんでしょ? 凄いよなぁ……俺には、とてもできない………」



「な、なに言ってんだよ。俺なんか、俺なんかナァ……。酒浸りになって精神病院にぶち込まれたり、会社で若い女社員にセクハラで訴えられたり、色々あったぜ」


「ブーッ。それ『村田らむ』みたいじゃん。カッコイイ! 」

サブカル好きの血が騒いだのか、山田がニタッと笑った。


「バカ言え。“精神科病棟潜入ルポ”じゃねぇよ。3日間若洲をさまよい歩いて、幻覚見て、意識がブッ飛んで、救急車で運ばれて、入院させられてたんだよ!! 」


「うわぁ……。折口も、けっこうやるなぁ……」


「だろ? ………なぁ、このあと一緒にメシ、食いに行こうぜ。俺、アルコール依存症になっちまったから、酒は飲めないけど……」


「うん、行こう行こう」

山田が子供のように、ポケットに手を突っ込んで頷いた。



しばらく会っていなくても、すぐにタイムスリップして元の関係に戻れてしまうのは、旧友ならではの特権なのである。


山田が身勝手にも一年以上俺に『哲学カフェ』を丸投げしておいて、ネトゲ廃人になっていたことを、責める気持ちは特に起きなかった。


ただ今夜は、大学生だったあの頃に戻った気持ちで、メシを食いながら、馬鹿話で腹がよじれるほど爆笑したいと思った。

俺のグラスに入っているのは酒じゃなくて水だとしても、気持ちだけでも明るく酔いながら…………。

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