第15章|シューシンハウス株式会社 <2>モデルハウスにて その2 クローゼットの中

<2>



「鈴木先生、大丈夫ですかっ」鈴木先生に駆け寄る。



「すみません。今、この奥のウォークインクローゼットを見ていたのですが、そこの天板が、思ったより低くて出っ張っていて、頭をぶつけてしまいました……僕は全然、大丈夫なのですが、建材に傷などついていないでしょうか」鈴木先生が言った。


確かにここはモデルハウスなので、建物や内装も大切な商品、とも言える。もし不意にぶつかって、穴でも空けたら申し訳ない。私達も入口で白い布手袋をお借りしていて、指紋や手垢を付けないようにして職場巡視させてもらっているところだった。



「ああ、もうそんな。いいんです、いいんですよ。鈴木先生は上背がおありですからね。どうかお気になさらずに……」

中泉さんが言いながら、鈴木先生が指差した箇所を確かめた。

「うん。大丈夫ですよ、傷などありませんから。それにほら、引き戸の開き具合も問題な……うわあああぁぁっ」

ところが、中泉さんがクローゼットの引き戸を開けたところ、ドサドサドサッ、と、紙のカタログが中から滑り出てきた。

「なんだこれ……。あっ。数年前の古いカタログやチラシじゃないか。なんでこんなゴミをここに………!? 」中泉さんが不満げな声を出しながら、しゃがんでそれをまとめた。



「あ~、それ……。ここの営業社員さん、整理整頓が全くできていないんですよぉ。こんなところにもゴミを隠してたのは、気づきませんでしたけど……」唐田さんが、拾うのを手伝いながら言った。


どうやらカタログやチラシは、引き戸の中のコートの影に、不安定な状態で雑然と積み重ねてあったらしい。鈴木先生が天板にぶつかった衝撃でそれが崩れて、中泉さんが扉を開けた時に滑り出したようだった。


唐田さんが言った。「私、社員さんがお休みの火曜と水曜にこのモデルハウスで接客しているんですけど、営業さんたち、ギリギリまで掃除サボっておいて、ゴミ捨てとか掃除とか、火・水担当の私にぜーんぶ押し付けてくるんです。でも今日みたいに平日のお客様が少ない時間帯なら掃除も皆で分担できると思うし、パートの立場だと、捨てていいかダメなのか区別つかないものも沢山あるから、整頓にも限界があるんですよ~。ほんっと困るぅ」



「それはひどいね。僕からも言っておく。クローゼットの引き戸は来場したお客様も開ける場所なんだから、忙しくても最優先で綺麗にするべきだし、仮置き場所としても不適切だよね。………あ、ああっ、鈴木先生、足立さん、お見苦しいところをお見せしました~っ! 」と、振り返った中泉さんが、営業スマイルを見せた。



「いえ………我々は裏側まで含め、職場環境の安全と衛生を確認するのが仕事ですから。足立さん、職場巡視チェックリストにも記載しておきましょう」

鈴木先生が言ったので、私もうなずいて手元のリストに記入した。



「鈴木先生、足立さん。一階の営業社員の待機スペースもクッソ汚いですから、是非あとで見てくださいね! モデルハウスは全館禁煙なのに、あの場所だけタバコ臭いし、書類が無造作に積み重ねてあって通路狭いし……。でも、何回言っても直らないんですよ。ハァ。掃除とか雑用を手伝ってくれるのは、営業社員の中でもまぁ、折口さんくらいですかねぇ~」カタログを持って立ち上がった唐田さんが言った。



「そうなのか………………って、あ゛。あああアアアアッ!! 」



「ど、どうしたんですか、中泉さん」

突然大きな声を出した中泉さんに、唐田さんが声をかける。



「営業社員の折口さん、と言えばだよ! そういえば彼、今日、産業医面談の予定が入っていたんだ!  支店長からも、産業医面談の前に話をしたいって言われていて…………。まずい! すっかり忘れていたぞ!! 」

大きな目をいっぱいに見開いてそう答えた中泉さんが、皆様、ちょっとこちらへと言いながら下り階段へ向かったので、私達も取り急ぎ、それに付いていくことにした。

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