第15章|シューシンハウス株式会社 <1>モデルハウスにて その1 憧れの『マ』・『イ』・『ホ』・『ー』・『ム』

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「うわっ……す、すてきですね………!!! 」



階段を上がった私は、思わず声を上げた。


部屋の奥には、高級ホテルにありそうな、ゆったりとしたベッドが二つ並んでいる。それぞれ、見るからにフッカフカの白い掛け布団の上に、ゴールド刺繍が縫い込まれたセンスのいい布が掛けられている。壁紙には『ネズミーランド』の洋館の壁で見たことがあるような、上品な模様が入っている。部屋のカーテンも、濃い色のサテン風のカーテンの上に、さらに織りが入った薄いレースカーテンを重ねてあって、お洒落で豪華だ。


「ふふ。ありがとうございます。こちらのスペースは“ホテルライクな主寝室”というテーマで誂えております」


そう言って悠然と微笑んでくれたのは、ハウスメーカー『シューシンハウス株式会社』人事部の中泉進久郎さんだ。中泉さんは、ついこの間、別の会社から『シューシンハウス』に異動してきたばかりという、30代前半くらいの男性社員だ。


中泉さんはとっても美男子で……。きりっとした横長の目とすっと通った鼻筋が印象的な人だ。スーツ姿もカッコイイけど、和服もよく似合いそうな、和風王子様系。かといってお高く止まっている感じがなくて、ニコニコと感じが良い人だった。


「こんなおうち、素晴らしすぎます! 一度でいいから住んでみたい~! 」思わずテンションが上がってしまう私に、


「この奥にはお風呂もありますよっ♪ 見てみます~? 」

そういって先導してくれたのは、唐田アンナさん。中泉さんと一緒に働いている『シューシンハウス』のパートナー社員で、私と同世代の女性だ。最初、私には“パートナー社員”という言葉の意味がわからなかったけど、どうやら昔は“パートさん”と呼ばれていたような、時給制の働き方をしている人のことを指すみたいだ。


唐田さんも和風アイドル系というか、小柄、色白で黒髪ストレート、目鼻口がどれも小づくりだけど形が良くて、超モテそうなタイプ。彼女も、最近この会社で働き始めたのだそうだ。


「きゃっ。このお風呂、全面ガラス張りじゃないですかっ」

寝室の奥、モダンな洗面台と脱衣所の向こうには、唐突にお風呂があった。壁もドアも全部ガラス製だ。


「そうなんですよぉ~。こんな家が実際にあったら、寝室にいる家族から、お風呂に入ってるところが丸見えですよねっ」唐田さんが言った。


「ははは。これはモデルハウスですからね。モデルハウスは、楽しくて、かっこよくて、セクシーじゃないと。まあ、実際にはこのようなガラス張りのお風呂を作られるお施主様は少ないと思われますけど、ね」中泉さんが爽やかに微笑んだ。


ん? セクシー? と一瞬思ったけど、中泉さんに言われると、なんだか、ガラス張りのお風呂も、『セクシーモデルハウス』も“ナシよりのアリ”、という気がしてくるから不思議だ。


 そしてお風呂の中も……、これまたビックリで、お風呂場だけでも6畳くらいはありそうな広さだ。シャワーヘッドは蓮の実みたいな形だし、シャワーホースもピカピカの銀色。カランのところも、私の住んでいるアパートにあるような、赤と青の蛇口をひねって温度を調整する形とはまるで違う。それに浴槽も、壁にくっついた長方形のやつではなくて、巨大な壺のような形の、純白の陶器だ。磨かれたようにスムーズな曲線を描く浴槽の内側に、穴がいくつも空いているのは、ジェットバスモードにするとそこから泡入りのお湯が出てくるから、だそうだ。


「いいなぁ……。こんなお風呂が自宅にあったら、毎日楽しそう……♥」


「ハハハ。足立さん、『マ』・『イ』・『ホ』・『ー』・『ム』、そろそろ買っちゃいますか? いい営業社員、紹介しますよっ。ハーッハッハッ」

イケメン中泉さんが、指ハートを作った手を胸の前で、マ、イ、ホ、ー、ム、と左から右に振ってスライドさせた。



「あ……あはは。ぜひ……『お』・『か』・『ね』・『あ』・『れ』・『ば』、買いたいです♥」



―――と、私も同じように指を振って返したけど、現実的には難しそうだ。だって、旦那さんどころか、彼氏もいないし、今月も繁華街の築古・狭小賃貸から抜け出せてないし……




その時、同じフロアの少し離れた場所からゴッ、という鈍い音がした。



急いで駆け寄ると、ウォークインクローゼットの前で、鈴木先生が頭を押さえてうずくまっていた。


そうそう、すっかり忘れていたけど、今日、私、産業保健師の足立里菜は、産業医の鈴木先生と一緒に『シューシンハウス』というハウスメーカーの某支店にお邪魔して、“職場巡視”をしている最中なのだ。


最初は営業所のほうにお伺いしたけれど、中泉さんの計らいで、営業社員が長時間滞在することが多いモデルハウスの職場環境も見たほうがよいのでは、とご提案頂いて、営業所から少し離れたこのモデルハウスに、わざわざ社用車で連れてきてもらったのだ。


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