第8章|右肩上がりの市場価値 <12>医療と経済(鈴木風寿の視点)
<12>
もう帰りますね、と言って、保健師の足立が部屋から去った。
「……なんだあいつ」
独り言をこぼした。
俺は、眠りが浅い。
大学を卒業してからしばらく、連夜、内科医師として当直ばかりしていたせいだと思う。
俺が臨床医をしていた頃、ワークライフバランスという概念は皆無だった。
朝から晩まで働いて、その日の夜も病院に泊まって当直業務をし、救急車を捌く。
さらに翌日も朝から晩まで働く。
そんな暮らしを月の半分ほどする日々を、5年以上続けた。
以来、眠りが浅い。寝ている最中にいつ院内PHSが鳴っても起きられるようにと、備えることが身に染みつき過ぎた。
もっとも俺の場合は、自分のために過重労働を積極的に受け入れていただけではあるが……
「はぁ」
眼鏡を外して、目元を揉む。
――――足立、俺が寝ている時、やたら長い時間、部屋に突っ立っていたな。
”『ジュリー・マリー・キャピタル』の江鳩さんの件ですが……。”
彼女の言葉を思い出す。
今回のケース、なかなか手強そうだ。
”僕は、江鳩さんが治療と仕事を両立できる可能性がないか、模索したいと思っています”
……ああ言ったものの、産業医という立場は、時に無力だ。
それは、この仕事が、病院の中ではなく、社会の中にあるからだ。
「今回のケース……どうも悪い予感がする」
眼鏡を掛けなおし、壁を見つめた。
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