第8章|右肩上がりの市場価値 <13>預ければお金が増える、凄ウデ投資家!?

<13>


 土曜日。今日はお休み~……ということで床に寝転んで『Youtuba』をダラダラ見ていたら、トモコから着信があった。



「あ、トモコ~! どうしたの? 」


「それがさー、里菜、凄いことになってるんだ! 」電話の向うのトモコの声が、弾んでいる。


「凄いことって??」


「この前の高級カラオケの、カラスさん、よ」


「えっ……何々?? 」


「実はさぁ……今、毎日のように連絡取り合っててさ」


「凄い! イイ感じ? 絶対カラスさんって、トモコの好みのタイプでしょ~? 」


「まぁね。めっちゃ好み。イケメンだしぃ、ドSモードと甘モードのバランスが絶妙。しかも投資の才能がガチでハンパない」


「投資……?? 」


「そう、投資。この前タカさんにもらったタクシー代の1万円、“俺に預けてくれたら1週間で1.3倍にしてやるよ”って言われたから、半信半疑で、カラスさんの口座に預けてみたの。そしたらね、仮想通貨のナントカ取引で、本当に増やして返してくれたんだよ! 」



あの日、社長のタカさんから1人1万円のタクシー代をもらったけど、私とトモコは、当然ながら電車に乗って家まで帰った。



「え……ちょ、ちょっと待ってそれ。あのね、私、カラオケの日に、社長のタカさんに言われた。『カラスには絶対お金渡すな』って」


「何言ってんのよ~、里菜。カラスさんの『チィッター』見てみて。本格的なトレード画面の写真とか沢山載ってるよ。カラスさんって、カリスマ投資家で、投資塾の順番待ちしてる生徒がいっぱいいるんだよ」


「そうなの? それは知らないけど……」


「タカさん、カラスさんの投資の才能に、嫉妬してるんじゃないかな? 業界では『伝説のトレーダー』って呼ばれてるらしいから。でもさぁ~、1万円預けて、30%増えたって、たかだか3千円じゃん? 次はもうちょっと多めに預けてみようかと思ってて」


「で、でも。それ、お金が増やせる投資方法があるなら、トモコが自分で習ったほうがよくない? 多めの金額を個人に預けるって、大丈夫? 」


「やだ、里菜。難しい投資の世界が、あたしに分かるわけないでしょ。カラスさんのやってる投資塾は、初級編だけで全55講座もあるらしいけど、そんなの習ってられないよ。看護師の仕事も忙しいし、餅は餅屋に任せるべきでしょ。

しかもタカさん、ちょっとあたしの事、好きみたいっていうか……、“トモコは特別な人だから、トモコから預かった資金は、特別大事にするよ”ってメッセージくれてるんだ」


「そうなんだ……。デートとかも、してるの? 」


「それは、してないよ。だってあたし、いちおう彼氏いるし、カラスさんもあたしも、仕事が忙しいしさ。……でもね、カラスさん、こう言ってた。メッセージ、読むね。

“最初は1万円。ケド、戻した1万3千円を再投資すれば…次は1万6千9百円になるよ。そうやってちょっとずつ増やせば、どんどん資産が増えていく。お金に働いてもらって、お金にお金を生み出してもらえばいい。1億円くらいまで貯められたら、自由な時間を手に入れられる。俺もそろそろFIREファイヤー考えてるから、お互い仕事にサヨナラできたら、海外旅行でも一緒にいこ? 今、彼女いなくて、寂しいんだ”

……里菜、これ、どう思う? 」


「日本でデートする前に、いきなり海外旅行の話するって……。その発想、どうかしてるよ」


「まー、イケメンだから許される発言ではあるよねぇ」


「トモコは面食いメンクイすぎ。……っていうか、さっき言ってた、“ファイヤー”って、何? ほのお? 」


「なんだっけ。なんの略語か忘れちゃったけど、『これ以上お金必要ないから、働くのやめる』みたいなやつ。楽しそうじゃない? 」


「うーん。トモコ。やっぱり、なんか怪しい気がするから、気を付けて。私ね、タカさんから言われたの……思い出せないけど、三文字くらいの言葉で、なんだったかなぁ……“ポンズ”、みたいな。“カボス”、あー、違うなぁ……聞いたんだけど、忘れちゃったわ……」


「あはは。鍋料理?? じゃあ、思い出したら教えて! そうだ。ねぇ、カラスさんに頼んでお金増やしてもらう投資、里菜もやらない? 」


「ご、ごめん、トモコ……。あたし今、ほんっっっっとにお金がないから、無理……投資に回せるお金なんてないよ」


「そっかー。じゃ仕方ないね。また連絡するね」



―――電話が切れた。




……………………ごめんね、トモコ。



実は私、タカさんから渡されたタクシー代の1万円、まだ使わずに、取っておいているんだ……。


私は、引き出しにしまっておいた1万円を、そっと取り出した。



「これって、私がもらっていいお金だったのかなぁ、って……」

スマホを置いて、床に寝転んだ。



万札に描かれた福沢諭吉を、じっと眺める。

悩みつつも、受け取ってしまったのは、私もお金の魔力には勝てなかったからだ。

家計はジリ貧だから、いざ本当に困ったらコレを使おう、って、思っている。



――――でも。



「な~んか、使うの、ためらっちゃうんだよね……」





お金って、働くって、……なんだろう。考えちゃうな。




…ま、どうせ私には投資に回せるまとまった財産もないし、働くしかないか!




「来週もお仕事、頑張るぞ! いえい! 」



自分に気合を入れるために、笑顔で右手を突き上げた。




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