第7章|六本木の超高級カラオケ店 <4>カップリング成立?
<4>
一通り自己紹介が終わったあと、イシダさんが私とトモコに話しかけてきた。
「リナちゃんと、トモコちゃんはさ、ナースなんでしょ? いいよねぇナースって。なんかいいよぉ。頑張って働いている姿とか、オレ尊敬するもん」
カラスさんはずっとスマホをいじっていて、ほとんど喋らない。無口な人みたいだ。
タカさんはMiekoさんと身体を密着させて、何かを話している。
「ふふっ、ありがとうございます。確かにナースって色々大変ですけど、毎日お仕事、頑張ってますよ~。あ、でも里菜は病院辞めて、普通の会社に転職したばっかりなんだよね」トモコが言う。
「え……あ、うん。そう……です」
病院は、辞めたっていうか、クビになったんだけどね……と、内心思う。
「リナちゃんもトモコちゃんも、若くてバリバリ可愛いからさぁ、エロい医者とか、上司とかに、セクハラされたりしてない? なんかあったらオレに言ってよね、
「あ~、おさわりは、どっちかっていうと、やってくるのは認知症の患者さんなんで。だから議員さんのご威光も、効果ないかもですぅ」
トモコがシャンパンを飲み干した。
トモコは、総合病院の入院病棟で働いている。小児科と産科を除けば、病院の入院患者さんは、どこの科でも大半が高齢者だ。そうなると自然と認知症の患者さんの割合も多くなるのだけど、認知症の高齢者にカラダを触られると、嫌悪感が起きても、説得は無効だし、怒りのやり場がない。 “ナースあるある”だ。
「私もセクハラ、されてないです。今どきの会社って、そういうの、厳しいみたいですし」
私は、この前働き始めた『株式会社E・M・A』の人達と、2か月限定でペアになってくれた、産業医の鈴木風寿先生を思い出した。
産業医は、セクハラやパワハラを受けて精神的に弱ってしまった社員さんの相談も受けるし、そういうことが会社で起きないように、ハラスメント予防活動のセミナーで講師をしたりすることもある、って聞いた。
ハラスメント防止を啓発していく立場だからか、『株式会社E・M・A』の男性社員は、みんな紳士的だ。
「だよね~。オレも
ふと、カラスさんが立ち上がって、こちらのソファに来た。目に映ったカラスさんの履いている黒いローファーには、無数の
カラスさんは、トモコのすぐ隣に、足を広げて座った。
「ダッセェな。患者にセクハラされるなんてさ」
「えっ……でも……仕事だし……」トモコが言いよどむ。
「看護師の仕事は、医療でしょ。セクハラに耐えることじゃない」
「うん……そうかも」
「トモコがセクハラされた時、院長が責任もって対応してくれんの? もしくは、セクハラされてもいいと思えるくらいの高い給料、もらえてるわけ? 」
「それは……。チームリーダーとか病棟師長に言っても『ああ、またか』ってなるだけだから、報告だけして、あとは我慢して……。院長の耳になんて、入ってすらいないと思う。貰えるお給料は、ごく普通だよ」
「クソだな。搾取されてんじゃん。俺なら、そんな病院買収しちゃって、経営支配権握って、俺のための集金マシーンに仕立ててやりたい、って考えるわ。思考回路的に」
「えっ!? 」トモコが驚いて目を見開いた。
「来た来た、カラスくんってさ、すぐそういうこと言うんだからぁ。でもさ、普通は庶民の皆さんが、いきなり病院を買い取ったりできないでしょ」イシダさんが、カラスさんにツッコミを入れる。
「それもそうっすね、イシダ先生。でも、“我慢して働かなくてもいい方法を考える”ってのは、現実的な対処方法ッスよ。庶民だろうと、経済的なゆとりがあれば、嫌な仕事なんて、さっさと辞められるんだから」
「まぁな~。それはどっちかっていうと、オレのタスクかもしれないけどね。“日本国民をあまねく幸せにする”ってな~。でっかい宿題だぜぇ」
鼻息荒く、腕組みをして遠い目をしているイシダさんを無視して、カラスさんがスマホを取り出した。
「トモコ、連絡先教えて」
「えっ……うん、いいよ」
トモコもスマホを取り出した。
む、なんか2人、いい雰囲気だ。
私にはわかる。カラスさんは絶対に、トモコの“好みのタイプ・ストライクゾーン”に入っているって。
トモコは『ドS・俺様タイプ・塩顔イケメン』の三拍子がたまらなく好きなのだ。おまけにさっき、カラスさんは3億円がなんとか、って言っていた。
……もしかしてこれって、トモコ、玉の輿チャンスなのかな?
いい感じで何かを囁き合っているトモコとカラスさんを見ていたら、イシダさんが、ソファの距離を詰めて、聞いてきた。
「リナちゃんさぁ、家、どこ住み?」
「私は、×××に住んでます」
「×××って、どんな所?実はオレさ、選挙区は東海地方だし、住んでるのは議員宿舎だからさ、都心のエッセンスみたいな場所以外は、あんまり詳しくないんだよ~。意外と世間知らずっていうか」
「あはは、里菜ん
「えっ、オレそれ、興味あるわ。行きたい。今日、遊びに行っていい?」イシダさんの目がキラリと光った気がした。イシダさんが、さらに距離を詰めてくる。
「それは……急に来られても困ります……」
内心、ムワっと苛立った。なんか図々しい人だ。しかも近くで見ると、顔のテカりと、顔圧が凄い。
「リナちゃん『イースタ』やってないの? オレ、見たいなぁ」
「一応、やってますけど……」
その時、コンシェルジュが料理を運んできた。
「シェフのおすすめオードブル、A5和牛のサーロインステーキ、トリュフグラタン、長崎県産カラスミのピッツアでございます」
「やーん、美味しそう~!」Miekoさんが笑顔を振りまいた。
コンシェルジュの、出しゃばりすぎず、絶妙な距離感で取り分けや給仕を行ってくれる手さばきは圧巻だった。
「赤ワイン……エリオ・グラッソ、追加で。あとはしばらくいいので、席、外してください」タカさんが追加オーダーを入れた。
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