第6章|産業保健師 ~初めての出動を終えて~ <5>パパの育休
<5>
――――その頃、山梨。『サクラマス化学株式会社』南アルプス工場にて。
製造部・生産課の新島、製造部・生産課長の富士田、工場長の河上、管理部長の矢豆が、事務所に座っていた。
「総合病院の整形外科外来で、主治医から『復職可能』の診断書をもらいました。明日から復職できます。ご迷惑をおかけしました」新島が言う。
「いやいや、新島さん、とりあえず、無事に治って本当に良かったです」矢豆が笑顔で診断書を受け取った。
「それで……新島くん、もうすぐ三人目の子供が生まれるんだって? 奥さんの体調はどうだい」
工場長の問いかけに、新島が答えた。
「あ、はい。妻のお腹も大きくなり、日によってちょっとしんどそうではありますが、元気にしています」
「新島さん、『パパ育休』は、取りますか?」矢豆が問う。
「い、いえ……。今回のことで、会社にはすっかり、ご迷惑をおかけしましたし。『パパ育休』も『育児休業』も……取りません」
工場長が言う。
「なぁ、新島くん。”育休”、遠慮なく、取ってくれていいんだぞ。君が労災で休んでいる間に、我々じっくり話し合ったんだ。キミが無理をして夜勤シフトの穴を埋めてくれていたときの不安や大変さを、私も富士田くんと産業医に身をもって実感させられちゃったし……」
言いかける工場長の言葉を遮るように、矢豆が咳払いをした。
「ん。そ、それはいいとして、だ。うん、まぁ、とにかく、なんらかの事情で社員がひとりふたり抜けたら、即、崩壊するような組織じゃいかん、ってね。あらためて人材募集に力を入れるだけじゃなく、『DX』を進めて無駄な紙の文書を減らしたり、すべての製品の売価を見直し、工数ばかり多くて儲けの少ないアイテムの取り扱いは徐々にやめたりしようって、な。とにかく色々と、業務改善の方法を真剣に話し合っているところだ」
「それに本社から、色々な助成金制度の案内も受けました。企業活動のデジタル化を進めたり、雇用を促進したりすることで、国から受けられる助成金があるようですから、積極的に活用していかないと、と思っていますよ」矢豆が言った。
「でも、富士田課長、……俺が休んだら、生産課の皆に負担をかけてしまいますよね」
「いや、新島。それは気にするな。俺だって、いつ何があるかわからない。今回は新島が育児休業を取る。でももしかしたら、来年あたり、今度は俺のほうが、職場を急に抜けるような出来事があるかもしれねぇから」
「え……課長……何か、あったんですか……? 」
「ほら、その……親の介護だとか! 病気だとか、って意味だよ! 俺もいい年だからな! でもさ。その時は、お互いさま、っつうことで頼むから」
「……富士田課長……。工場長……。矢豆さん……ありがとうございます。本当は妻から、育休を取ってほしいと、何度も頼まれていますので、可能であれば、パパ育休と育児休業、取らせて頂きたいです……」
「じゃ、“決まり”だな。新島くんが、『サクラマス化学株式会社』男性社員の育休取得、第一号ってことで」工場長が豪快に笑った。
「はい。………ありがとうございます!!!」
「…………了!!!」
事務室に、一同の笑いが響いた。
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