第6章|産業保健師 ~初めての出動を終えて~ <3>クビがつながった

<3>


「えっ、岩名さんと……、富士田さん、ですか!?」


「なんでも、岩名さんと富士田さんって、ちょうど同世代だったみたいでね。普段は東京本社と南アルプス工場ということで、接する機会もほとんどなかったようだけど、二人とも中堅社員として、これからは若手メンバーに気持ちよく働いてもらえる会社にしていきたい、という熱意が一致していたから、意気投合しちゃったみたい。

富士田さんが工場長に直談判したあの日のことを、岩名さん、“こんな素敵な人が身近にいたなんて知らなかった。雷に撃たれたような気持ちになりました”……って言ってたそうよ」



「そうなんですか……なんか、良かったですねぇ……」



 鈴木先生が言った。

「岩名さんや富士田さんくらいの年齢の方々は、人生の中で日本経済低迷のあおりを強く受けた世代とされ、『就職氷河期世代』または『ロストジェネレーション』と呼ばれています。

『ロストジェネレーション』の直訳は“失われた世代”。しかし、『ロスト』には、“失われた”という意味だけでなく“道に迷う”という意味も含まれているのです。

既存の価値観が大きく変わるという、時代の荒波の中で、岩名さんは転職を繰り返しながら、富士田さんは南アルプス工場に勤め続けながら、迷いつつも、それぞれの道を歩んでこられたのでしょう。……もしかすると、そんな運命が、お二人を結び付けたのかもしれませんね」



「その分の加点があったのかどうかは、わからないけど……。岩名さんから足立さんに、直接のご指名よ。

『是非これからは、弊社に鈴木先生がいらっしゃる時、毎月足立保健師に同行してほしい。追加料金がかかるのはまったく問題ありません』……ですって。ウチの会社の売り上げもアップするし、ありがたい話だわ。やったわね、足立さん」



「私……。私、産業保健師として、これからもサクラマス化学株式会社に行っていいんですか!? あ……あ、ありがとうございます!!!」



「もちろんよ。お願いするわ。それから鈴木先生には、足立さんと『ペア』を組んで働いてもらうことになったの」緒方先生が言う。



「少し訂正させて頂きます、緒方先生。あくまで僕が了承したのは“研修のお引き受け”ですよ。期間は2か月の限定です。僕の会社訪問にしばらく同行頂きながら、足立さんに保健師としての基礎をお伝えしたいと思いますが、その後のことについては、別の産業医とペアを組むなり、事務所で保健師業務をするなり、緒方先生と足立さんで別途、ご相談ください」



――――2か月。とりあえず2か月だけでもいい。やった。私、ここで働けるんだ!!

 産業保健師、やれるんだ!!!




「ありがとうございます!! 鈴木先生、ご指導、よろしくお願い致します!!」



 私はブドウの入った段ボール箱を抱きしめながら、90°のお辞儀をした。



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