第6章|産業保健師 ~初めての出動を終えて~ <2>クビ宣告?
<2>
緒方先生に呼び出されて、社長室についていく。
―――もしかして、“今日でクビ”の宣告だったら、どうしよう。
最近、『穀潰(こくつぶ)し』という古い言葉が、何故かやたら脳裏に浮かぶのだ。
これは何かの予感かな?
社長室のドアを開けると、鈴木先生が先に部屋に居た。
鈴木先生は直行直帰が多いから、顔を見たのは1週間ぶりくらいだ。
「あ、鈴木先生……お疲れ様です」
先生は今日も相変わらず、都会的なエリートそのもの、みたいな顔をして、ピシっとしたスーツに身を包み、足を組んで腰掛けていた。『南アルプス工場』では、お酒の瓶と作業着姿が、わりと馴染んでいたのに。
「あぁ。足立さん。お疲れ様です」
「で……今日のお話だけど、その前に、これ、どうぞ」
緒方先生が、机の上にある段ボールを持ち上げた。
「『サクラマス化学株式会社』の甲斐信子さんから。ブドウの贈り物よ」
「……えっ。あの、甲斐さんからですか?」
脳裏に、南アルプス工場の休憩室で話した、年配社員の甲斐さんの顔が浮かんだ。
なんで甲斐さんが私にブドウを??
「足立さん、『南アルプス工場』へ行った日、甲斐さんが不正出血していることを聞いて、医療機関受診を勧めてくれたそうね。甲斐さんはあなたの勧め通り、すぐ婦人科に行き、子宮体がんが見つかったそうよ。でも、まだ子宮内に病変が留まっている、早期のがんだったみたい。受診を勧めてくれたあなたにとても感謝して、ブドウを贈りたいって、本社に連絡してくれたとか」
「そ、そうだったんですか……ありがとうございます! あとで事務所の皆さんと食べたいです」
「ええ。それからね。顧客からのフィードバックが来てるわよ。あなたが『サクラマス化学株式会社』に訪問した日のアンケート」
「あ……あ、はい」
そうだった。高根さんが言ってた。いったん就職しても、顧客からのアンケート結果が悪いと、なんたらかんたら……。緊張が走る。
「……で、結果だけど。率直に言って……、“最高”ね。今季の産業医・保健師の訪問の中でも、ダントツに良い評価が付いているわよ」緒方先生が、にっこりと笑った。
「え……それ、本当ですか!?」思わず大きな声が出た。
「ええ、本当よ。自由記述欄に顧客が書いてくださった内容を読むわね。
『法律で定められたトイレの設置数は満たしていましたが、実際にそれが社員にとって使いやすいものであったかまで、考えが及んでいませんでした。足立保健師のアドバイスで気づきがありました。また女性社員の健康について具体的な助言もありがとうございました』
『 “―――変化を恐れてはいけない―――”ヒーロー・マスクの言葉を稼働報告レポートに載せてもらい、時代に合わせて柔軟に変化していく意欲が湧きました』
『長時間労働の有無だけではなく、勤務時間のインターバルにも、気を配る必要性を実感しました』」
……嬉しい。鈴木先生と私があの日したことが、働く誰かの役に立ったんだ。
サクラマス化学株式会社の皆さんがくれたフィードバックを聞いていたら、目頭がぐっと熱くなって、思わず涙が出そうになった。
「それから、これは余談だけど。人事課長の岩名さん、『南アルプス工場』の富士田さんと、最近なんか良いカンジの関係らしい、って、『サクラマス化学株式会社』の人事部長からタレコミがあったわ」
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