第4章|サクラマス化学株式会社 東京本社 <8>人事課長 岩名鮎子の回想

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【岩名鮎子の回想】


――――私が社会に出るって頃は、ちょうど、就職するのが凄く難しい時代だったんです。


 日本全体がひどい不景気になって、企業が一気に採用枠を減らしている時でした。

就職試験を受けようと、何十枚も手書きの履歴書を書いて、会社の人事部宛にせっせと送りましたが、ほとんどは、書類審査の段階でボツになりました。


 今となって思い返すと、必死に書いたあの履歴書、担当者にまともに読まれていたのは何割くらいだったか。一瞥して捨てられたものも、多かったかもしれませんね。

採用面接まで呼んでもらえる割合は、本当にごくわずかでした。


 やっとの思いで面接をしてもらえても、待っていたのは、いわゆる『圧迫面接』でした。

面接官にさんざん厳しいことを言われたり、難しい口頭試問にその場で答えるよう求められたり。


 今は、採用面接で聞いていいことや、聞いてはいけないことが細かく定められていますが、当時はそんなもの、ありませんでしたからね。

今の時代なら、セクハラ、って言われちゃうような質問も、普通にありました。

「結婚の予定はあるか」「子供が生まれたら仕事はどうするか」は、必ず聞かれた。

「どうせ女性は、腰掛けのつもりでしょう」なーんて、飽きるほど何度も言われました。


 でも、厳しい面接に耐えても、届くのは“不採用”の通知ばかり。

特に女性の新卒は悲惨で、私も結局、どこにも就職が決まりませんでした。

なので、最初は、派遣社員になりました。


 とはいえ、今とは少し違って、当時は派遣社員のほうが正社員より時給が高くて。

結構楽しく働けていた面もあるんです。

休みには、長時間残業している正社員を横目に、堂々と海外旅行に行ったりもしましたよ(笑)。


 ……だけど……、やっぱり、正社員に比べて、安定していない働き方が嫌で。

その頃は、正社員と派遣社員では、同じ仕事をしていても、受けられる福利厚生が全然違いました。


 だから、景気が良くなったタイミングを見計らって、転職活動をして。

『サクラマス化学株式会社』は、そうして転職活動を繰り返して入った会社です。

待遇は正社員だし、事務職なので体力的にきつくない。

これなら定年まで働き続けられる、と思いました……。


 でも、入社したばかりの頃はまだ、ちょっと男性優位の会社というか、女性は下に見られる風土がありました。

だから、少しずつ、会社の雰囲気を変えようと努力してきました。

今は、上層部の男女差別やハラスメントに対する意識がだいぶ変わり、

色々と、働きやすくなりました。


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