第4章|サクラマス化学株式会社 東京本社 <6>興味を持たれなかった初提案
<6>
「…………」
『サクラマス化学株式会社』のビルを出てから、駅のほうに向かって歩く間、私は、何も言えなかった。
―――鈴木セブン。そんなふうに勝手に呼んでいたけど。鈴木先生、すごい人だ。
――――それに、私。産業保健師として、全然、役に立ってなかった。
“この資料、つまらない提案”
私が印刷した資料を見た岩名さんの目は、そう言っていたように感じた。
心の水槽に、墨汁が数敵、垂らされたように。じわじわと胸の中に、苦い感情が広がっていく。
「………ときに、足立さん」鈴木先生が、こちらを向く。
「僕は今日、この一社で訪問が終わりです。オフィスに戻る用事もないので、ここで失礼致します」
「あっ……あの、今日、他の会社訪問は入っていないんですか」
「ええ。今日は月末ですので。いつもは、だいたい一日平均5社、多いと7社ほどを続けて回りますから、分刻みのスケジュールなのですが」
――――一日に、5社から7社。移動時間も計算に入れると、かなり詰まったスケジュールだ。
「えっと……じゃあ、明日はどうすればいいですか。先生のペアとして、また朝集合しますよね?……何時に、どこにお伺いすればいいですか」
「明日……ですか?それは緒方先生に聞いてください。僕は、あなたのペアではありませんので」
「……えっ……?」
目の前がサッと、暗くなったような気がした。
「緒方先生から、本日、サクラマス化学株式会社の『働く女性の健康サポート策』という事案についてご提案するため、足立さんを同伴して会社訪問するように、とは言われました。しかし、それだけです。僕とあなたは、『ペア』になるわけではありません」
――――そうなの? じゃあまた、オフィスで留守番を続けるってこと……?
――――“業務遂行能力が低いとみなされたメンバーには、速やかにご退場頂くことにしております。コネクション・縁故での手加減はいたしません”
高根さんの言葉を、思い出す。
私……やっぱり、だめだ。
この仕事でも、誰かの役に立てる気がしない。
せっかく緒方先生に誘ってもらったけど、こんな調子で、いつまで置いてもらえるんだろうか。 不安に押しつぶされそうになってしまう。
でも……
でも……。
私、このまま、諦め続けて。逃げ続けて。どうなるんだろう。
緒方先生から、偶然もらったチャンス。ただ無駄にして、終わるのは嫌だ。
それなら、せめて………………
「鈴木先生! 待ってください! 私に、指導してください! 今日、私が良くなかったところ、これから改善すべきところ、教えてから帰って下さい。お願いです! お願いします!」
90°のお辞儀をして、私は懇願した。
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