第3章|駆け出しの産業保健師 足立里菜 <4>北海道にいる家族との電話

<4>



――――電話の、着信音。




「ふ……ふぇ~~~?」



 無防備に緑色の通話ボタンを押したら、お互いの顔が分かるTV電話モードで、スマホ画面の向うには父さん、母さん、弟の耕大こうだいが映っていた。


「おはよう!あ、まだ寝てたのかい~、里菜!」


 父さんの優しい声。北海道の家族は全員同じ牧場ファームで馬の世話をする仕事をしているから、朝がめっぽう早くて、夜も早く寝る生活リズムだ。



「あ~……ごめんごめん、最近なんか新しいことばっかりで疲れちゃったんだよねぇ」



 今日は日曜日だから、ゆっくり寝ていた。


――――しかし、右下の画面に映った自分の顔といったら……。この寝ぼけた眼にボサボサ髪、すっぴん……動画サイト『YouTuba』で見る“○○さんのモーニングルーティン”みたいなやつと、私の現実、違い過ぎない?



「里菜ねえが引っ越ししたって聞いたから、新しい部屋見せてもらおうと思ったんだぜ!なんかさ、東京に引っ越したらしいべさ?病院の寮に居た方が家賃安そうなのに。こりゃあ、いよいよ、ついに、カ・レ・シができたんじゃねぇかって、日高で噂してたんだよ~」



 画面の奥で、耕大が、好奇心いっぱいの顔でこちらをみている。


「んなっ、そ、そんなんじゃないよ~。仕事がね。転職したの。テ・ン・ショ・ク。で、耕大は、相変わらず彼女と上手くいってる?」



 弟には、地元に長く付き合っている彼女がいる。

もうお互いの家族公認の関係で、姉の私より先に、たぶん結婚しそうだ。


「サキちゃんはね、昨日もうちに遊びに来てたよ~。ほんと良い娘さんで、母さんも嬉しいよ。あんた、さっさとプロポーズしなさいよ」


「いや母さん、それはさ~、タイミングってもんがあるっしょ……」


 天真爛漫に見えて、家族の中で一番しっかり者の弟は、もしかしたら姉の私の順番を抜かして結婚することに、遠慮しているのかもしれない。


「あのね、耕大、私に遠慮なんかして、待つ必要、一切なし!だよ。さっさと先に結婚していいんだからね!」


「わかってるって~。近いうちに、ちゃんと考えてるよ」


「ま、恋愛や結婚には、ご縁ってもんがあるからね。父さんだって、ある日突然、あたしの職場に現れたと思ったら、その日のうちに牧場に就職して、いつの間にか、あたしの旦那さんになっちゃったんだもんねぇ! 里菜にもきっと、ぴったりの人がいると思う。大丈夫よ。 したっけ、里菜、新しい部屋、カメラで見せてよ!」



 ……そう。母さんは、北海道の牧場内にある小さな食堂で働いていたら、文字通りある日突然、食堂に現れた父さんに一目ぼれされて、結婚したらしい。その後、今日までしっかり愛され続けている。なかなかロマンチックなエピソードだ。


母さんのリクエストに、ちょっと待ってね、と言いながら殺風景な部屋を写す。

もといた看護師寮には、入居時から家具と家電が付いていた。そこを出てくるとなったとき、思ったよりも、自分の荷物は少なかった。


「そんなに物、ないよ。とりあえず『イイトリ』で布団は買ったよ。このシーツ可愛いっしょ?」


 私はテレビ電話で、税込1980円の花柄シーツを見せびらかした。


「あ~、『イイトリ』は安いよなぁ」


 倹約家の父さんが『イイトリ』に反応する。『イイトリ』は北海道が発祥で、日本全国で有名になったホームインテリアのお店だ。値段は安いのに質が悪くない。


「ほら、キッチンツールも売ってたから、一式、買ってみた。お値段以上ですね、たぶん」


 ユーチューバーになった気分で、台所に移動して、買いそろえたお玉や包丁、調味料をひとつずつ見せた。料理はほとんどしないから、まだ一度も使っていない。


「で、電子レンジも買っちゃった! トイレはこんな感じで~す。下駄箱はこんな感じ。あとここ洗面所と、お風呂~。あ、そうそう、洗濯機も新しく買ったんだ。でも洗濯機は外置きだから、お見せするのは省略しますね~」


「東京はすげぇな。洗濯機を部屋の外に置いても、冬、凍らないんだぁ」耕大が感心している。


「そうそう、そうなのよ」


 『株式会社E・M・A』の契約社員として雇ってもらえることになったから、赤坂に通いやすい場所を選んで、思い切って都内に1Kの部屋を借りてみたのだ。敷金礼金、高かったし、引っ越し代もそれなりにかかったし。ああ、貯金、使い果たしてしまった。


「それとなぁ、里菜、引っ越した×××っていうエリアは、治安は大丈夫なのか?東京のことはよくわからないけど、女の子の一人暮らしだから、父さん心配で……」


 父さんの言葉に、ぎくりとした。


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