第2章|株式会社E・M・A <1>ザ・エリート・サラリーマンと赤坂のオフィス

<1>


(すごい。でっかいビルだなぁ……。)


私は今、赤坂駅すぐの場所にある、とあるビジネスビルのエントランスホールに立っている。緒方先生とお会いするのは、今日で3回目だ。約束の時間までは少し早い。腕時計を何度も見返す。


とても立派なビルである。天井が高くて、開放感のある空間。床や壁は大理石?らしき建材で出来ていて、エレベーターが何台も動いているみたい。『株式会社E・M・A』のオフィスはこのビルの18階だ。私は落ち着かなくて、歩き回る。


(ドクターなのに、こんなビルに入ってる会社の社長さん……緒方先生って凄い人……)


癒しのためかエントランスホールに置かれている植物も、ひとつひとつが、しっかり手入れされている。その陰には、さっきからスマホ2台持ちで誰かと会話している、ビジネスマンが立っている。



―――清潔に短く整えられた髪。銀縁メガネ。知性的な口元。すっと伸びた背筋。

紺色のスーツが、細身の長身に似合っている。曲がらず上品に結ばれたネクタイ。ピカピカに磨かれた靴。膨らんだビジネスバッグ。



 彼はさっきからずっと、左手でスマホを持って会話をしながら、右手でもう一台のスマホをっている。忙しそうだな。商談でもしているのかなぁ。



「!」



 ふと、彼にギロリ、と睨まれた気がした。眼鏡の奥の切れ長の目が、批判ありげにこちらを見ている。“あっちに行け”、そう言われているみたいだ。


「す、すみませんっ」


 私は急いで、エントランスホールの椅子に腰掛けて下を向く。


……そりゃもう、自分が一番よーく、わかっている。私が『場違い』だってこと。


不安がつのり、ロングスカートの上に置いた両手の拳をギュッと握った。



******************************

先日、電車の中で急病人を見つけた後、患者さんを無事に総合病院の救急外来まで送り届けて、居合わせて助けてくれた女医の緒方先生に、約束通り、状況報告のメールを送った。

「社長」って名刺に書いてあったから、私は精一杯丁寧に、かしこまったメールを送ったけど、帰って来たのはとてもシンプルな返事だった。


「良かった。今度ランチに行きませんか?」

 

――――年上の女の人だし、Google検索してみたらちゃんとした人みたいだったし、多分大丈夫だよね?


 そう思って、緒方先生が指定したイタリアンレストランに出かけて行った。

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