第1章|無職の女 足立里菜 <2>都営新宿線その1
<2>
私は、北海道の片田舎の出身だ。実家の両親と弟は、近所の牧場で馬を育てている。
医療関係の仕事をしているのは家族の中で私だけ。
札幌の看護学校を卒業して、地元の精神科病院で数年働いていた。
けど、おかしくなって、働き続けられなくなってしまった。
だから、先輩に埼玉県の急性期病院を紹介してもらって、転職した。
転職先の埼玉県の病院は、中規模だけど、病床は200床くらいあって、1日に10台以上救急車が来るようなところだった。いわゆる地域の中核病院。いつだって人手不足で、忙しい職場。だから私が就職したときには、先輩ナースたちに、それはそれは歓迎してもらったのだ。
なのに。
私は、絶望的に不器用だった。
採血を何回も失敗して、アルコール綿や採血針を大量に無駄にした挙句、患者さんを怒らせてしまったり。
そのうえ、突然の『めまい』で、点滴棒を引き倒したり、処置の間、清潔にしておくべきエリアにうっかり消毒していない物を落としたり……。
入職したての頃は、苦笑いで許してもらえたミスが、2か月経っても繰り返されると分かってから、次第に周囲の目も厳しくなっていった。
先輩ナースやドクターから、たび重なる注意指導を受けて、泣きながら謝って、看護記録とミスの報告書を作るために残業することが続いた。
疲れ果てて帰宅して、メイクを落とす間もなく部屋の床で寝落ちした。
翌朝は疲労を溜めたまま出勤して、集中力が下がって、さらにミスを繰り返した。
今回、クビを宣告した看護師長からの厳しい言葉に、まだこの病院で頑張らせてください、と食い下がることが出来なかったのは、私自身も、自分が職場の迷惑者だと、はっきり自覚していたからだ。
――――2番線は、各駅停車 本八幡行きです。終点まで各駅に停まります……
東京メトロのアナウンスが流れる。
「転職活動……どうしよう」
今、私が住んでいるのは病院職員のための寮だ。病院をクビになったら、退職後、1か月以内に退去しなければならない。
「日高の実家には、できれば戻りたくないし……」
そりゃ、私には看護師免許があるから、東京にだって、日本全国どこでだって、すぐに仕事は、いくらでも見つけられるはずだ。
だけど。だけど、そもそも……私、看護師を続けることに、自信が持てないよ。
電車がホームに滑り込んでくる。
轟音と車体に押し流された風の流れを頬に感じながら、心細さで胸の締め付けられるような気がした。電車は徐々に速度を落とし、停まった。ドアが開く。
その時だった。
―――――苦しい!苦しい!苦しい!
一気に心臓の鼓動が速くなる。頭から血の気が引くような感覚があり、平地なのに足元がよろけた。目の前の景色の解像度が、一気に下がって、歪む。
アレだ。アレが来た。私を襲う、あの不気味な現象が来てしまった。
突然頭をジャックする、見知らぬ誰かのテレパシー。
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