9 誘拐事件(2)
男がこちらに気付いた所で、足を踏み込み、ジャンプする。
男の頭を踏みつけ、女性の腕を掴んでいるその手に斬りかかる。
引き離した女性の腕を取り、振り返ることもなく、チュチュは駆け出した。
目の前に、大通りが見える。
もう少し……!
通りに出る、という所で、後ろから悲鳴が聞こえた。
「きゃあっ」
しまった、追い付かれ……。
くん……っと腕が後ろへ引かれる。
もう少しだった、の、に……。
「天上への贄」
目の前に立ち塞がった人物が、呪文を唱える。
持っていた杖の上に、魔法陣が光り、弾けるように消えた。
ザンッ。
後ろで音がして、後ろに尖った氷柱が出現したことがわかった。
しっかりと掴まえていた女性の安全を確かめ、改めて、その人と向かい合う。
「せん……せ……」
それは、間違いようもなくシエロだった。
上がっている息を整えながら、こちらを見た。
目が、合う。
ああ、どうしよう。
先生は、アタシがこっそり馬車に乗ってここまで付いて来たことなんて気付かなかっただろうから、びっくりしてるだろうな。
勝手に馬車に乗ったこと、怒られるだろうか。
どうにかして、誤魔化した方がいいのかな。
けど、馬車で寝てたらこんな場所にいたなんていう話を、先生は信じるかな?
でも、怒られたっていいや。
すごく怒られたって。
ちゃんと謝って、もうしないって約束して、それでいいや。
それで、弟子でいられるなら、それでいい。
だって、無事に先生のところへ帰れるんだから。
何事もなく、無事に。
捕まらなくてよかった。
先生、気付いてくれたんだ。
アタシのこと、見つけてくれたんだ。
デートの方を放り出して、アタシの方に来てくれた。
「せん……っ」
チュチュがシエロに近付こうと、足を踏み出した、その時だった。
「う……っ、うわぁぁん」
さっき助け出した女性が、シエロの胸に飛び込んでいく。
…………え?
シエロの服に掴まり、泣き出した。
「こわ……怖かっ……」
その女性を、シエロが優しく抱きとめ、頭を撫でた。
「……ごめん、こんなことになって。もう大丈夫だよ」
親しげにシエロに撫でられる、綺麗なドレスの女の人。
放心状態で目の前の一部始終を眺めていたチュチュが、やっとそこで気付く。
上品な緑のドレス。
それは、さっき見かけたドレスだ。
間違いない、シエロの正面に座っていた人。
この女の人が、さっきのデートの相手だったんだ。
……アタシを助けに来たわけじゃ、なくて。
あんなに親しそうに。
先生のあんなに優しい顔、優しい手つき、初めて見た。
……先生は、あの女の人が好きなのかな。
……やっぱりそういう人が……、いたんだ。
ぐるぐると頭の中で、考える。
アタシの勘違いかもしれない可能性。
この人が、恋人じゃない可能性。
ねえ、その人が好きなの?
◇◇◇◇◇
前作ではあり得なかった若干ドロドロした雰囲気ですが、ほのぼのラブコメで間違いないです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます