10 誘拐事件(3)

「で?」


 シエロが、女性の頭を撫でながら、叱る時の笑顔でチュチュの方を向いた。


「どうしてチュチュが、ここにいるのかな?」


「…………」


 こっちを向いてくれた。名前を呼んでくれた。

 その事実だけで、泣きそうになる。


 嬉しくなってしまう。

 嬉しくなってしまうことに苦しくなってしまう。


 その言葉に、いつもの笑顔で応えた。


「今日、馬当番だったから、お昼ニンジンあげて、その馬車の中でお昼寝したんだ〜。それで、気づいたらここにいたの」


 いつも通り、陽気に笑いながら。


 そうしたら、いつも通りシエロが、困ったような笑顔をこちらに向けてくれた。

「そう……」


 いつも通り。


 こんなことがあっても、いつも通りの表情だけがアタシに向けられる。

 その手を、綺麗な女の人の頭に優しく添えたまま。


「失敗しちゃった」

 へっへーっと笑いながらそんな二人を見ていると、シエロの胸にしがみついていた女性が、こちらを振り返った。


「……チュチュ?」

 泣き声混じりの大人の女性の声。


「え……」


 振り返った女性をまじまじと見る。

 可憐な人。

 透けるような金髪。

 空のような色の瞳。


「ブランカ……様……?」


 その人は、ロサ公爵家の令嬢、ブランカ・ロサだった。

 先生の……妹……。


 なんだ……妹…………。


 気が、抜ける。


「え、どうしてここに」


 驚いた声を出すと、ここじゃなんだからと、ブランカの護衛の騎士がカフェへ誘導してくれた。

 先程シエロを見たカフェへ、今度は4人で入っていく。


 テーブルに座ると、目の前に、暗い顔のブランカが。その隣には、機嫌の悪そうな騎士が座っていた。

 目の前には、それぞれケーキと紅茶が用意される。


「私ね、変な手紙を貰って。それが、恋文のようなものだったんだけど……」

 恋愛相談にしては、ブランカの顔は暗く、先程の事は物騒だ。

「それが……、”捕まえる“とか”閉じ込める“とか、怪しい言葉が書かれたものでね」

「そんな……!それで……今のが?」

 そのチュチュの質問に、返事をしたのはブランカの隣に座る騎士だった。

「あいつらについては、この町の騎士団に引き渡した後、協力して調査することになった。関係しているかどうかはまだこれからだ」

「それで、その手紙の事をお兄様に相談していたら、あんな事に……」


「…………」


 シエロは確かに、この国の中でも優秀な魔術師だ。

 それが兄なら、相談しない手はないだろう。

 けど、シエロや護衛の騎士達が付いていながら、捕まりそうになるなんて。


 チュチュは心配そうな表情を浮かべる。

 その顔を見て、ブランカが少し泣きそうな表情になった。

「大丈夫よ、チュチュ」

 そしてチュチュに向き直る。

「ありがとう、チュチュ。あなたが居なかったら、私、どうなっていたかわからないわ」

「目の前であんなことがあって、ほっておけなかっただけですから」

「それについては、」

 隣に座るシエロも、チュチュに向き直った。

「僕からもお礼を言うよ。ありがとう、チュチュ。妹を助けてくれて」

「ううん……。無事でよかったです」

 チュチュは、精一杯の笑顔で、にっこりと笑った。



◇◇◇◇◇



シエロくんは、小さい頃可愛がっていた妹とは、それなりに交流があるようです。

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