8 誘拐事件(1)

 嫌な、予感がする。


 少し歩いて、建物の陰まで行くと、そっと人混みを窺った。

 誰か、すれ違った人達の中に……。


 じっと見ていると、怪しい2人組を見つけた。

 黒いマント。短剣。

 その格好自体はおかしくないものだけれど、なんだか雰囲気がおかしい。


 コソコソと会話をして、何かを待ち構えている。

 あの辺りは、先生がいるカフェの近くなのに。


「ジュエル」


 チュチュが唱えると、ベルトに付いている黒い石の前に、魔法陣が現れ、弾けるように消える。

 その瞬間、チュチュの手に、黒いナイフが握られた。


 黒曜石でできた、魔術で作り出したナイフ。

 そのナイフはチュチュが自分の為に作り出したもので、そのグリップはこの世界の何よりも、チュチュの手に馴染んでいる。


 そのナイフをそっとスカートの陰に隠し、そっと近付いて行く。


 嫌な予感が、気のせいだったらいい。


 近付いて行く中で、

「う……ぐっ……」

 誰かに後ろから、口を抑えられる。

「何だこいつ」

 粗暴な声。


 しまった。もう一人いたんだ。

 どうしよう、ここにいることは誰も知らないのに。


 ザンッ。


 その男の手首を切りつけて、なんとか離れる。


 それを見た通りすがりの人が、声を上げた。


「おい!諍いだ!誰か騎士団呼んでこい!」

 その声を皮切りに、通りすがった魔術師二人と、騎士団の一人が立ち止まった。

「大丈夫か、お嬢ちゃん!」

「う、うん」


 その時だった。

 通行人みんなが、その男に注目した時。


 ドン!


 チュチュがふらついた瞬間、誰かに後ろから突き飛ばされる。

「!?」

 声を出す間も無く、大きな袋に詰められる。

 持っていたナイフも何処かへ飛んでいった。

「…………うぅ!!誰……か……!」


 微かに見ることが出来た大通り。人の姿は多いけれど、誰もこちらを見ていない。

 どうしよう……!どうしたら!!


 …………!


 視界の隅に、金色の髪が見えた。白い魔術師のマント。赤い宝玉の杖。

 シエロだ。


 先生……!


「ジュエル」


 なんとか声をふり絞り、唱える。

 チュチュのベルトの黒い石の前に魔法陣が現れ、弾けるように消えた。


 カラン、と音を立て、黒いナイフが通りの隅に転がる。


 先生がどうか……気付いてくれますように……。


 もう一度……!


「ジュエル」


 チュチュのベルトの黒い石の前に魔法陣が現れ、弾けるように消える。

 チュチュの手に、黒いナイフが握られる。


 なんとか袋から出ようと、暴れている間にも、何処かへ運ばれているのが判る。


 なんとか下側の布に、ナイフを立てた。

 ビ……ッ!


 上手く行った……!!


 そのまま手に力を入れ、通れる程の穴を作ると、そこから転がり出る。

 振り返ることもなく、全速力で走った。


「きゃぁぁぁ」

 どこか近くで、女性の悲鳴が聞こえた。


「え!?」

 そのまま通りの方へ抜けるであろう路地裏を走ると、目の前に、たった今捕まり、運ばれるところの女性が見えた。


「ええ!!!!???」


 もしかして、あの人が誘拐される予定だった人???


 ナイフを構え、そのまま突っ込んでいく。

 あんなに力尽くで連れて行こうとするなんて、誘拐以外の何にも見えない。

 とりあえず今は、あの女性を引き離さないと!


「たああああああああああ!!!」


 大声を上げ、チュチュは女性を無理やり掴んでいる男に、突っ込んで行った。



◇◇◇◇◇



チュチュは基本的に猪突猛進。若干脳筋タイプ。父親似です。

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