5 諦めれば?

 グラスの氷が、からんと音を立てて崩れる。


「アタシ、先生が優しいから、つい言っちゃったんだよね。『アタシが先生の事好きだったらどうする?』って。……『どうにもならない』って言われちゃった」


 チュチュの目が潤んでいく。


「……すごい話してるね」

「エマとヴァルの話してたら、先生が、『僕は恋愛とは縁がないからね』って、言ったから。つい」

「……もうちょっと考えてから話した方がいいね」

「わかってる。そんなお説教が聞きたいんじゃない」


 メンテが、近くに放り出してあったシエロクッションを手繰り寄せ、寄りかかる。

 すっかり寛いでしまっている。


「……そりゃあ、ね。先生から見たら、チュチュは子供だよね」

「…………」


 そんなのわかってる。

 けど、自分でそれを肯定するわけにはいかなかった。


「もともと歳も離れてて。先生と生徒だし。師匠と弟子だし。対等に見てくれないのは当然じゃない?」


「…………」

 チュチュは不貞腐れた顔をした。


「諦めれば?」


 その、決定的な一言を聞いて、チュチュは涙目で顔を上げる。


「そんなこと、最初からわかってるし。そんな分かりきったことで、諦められない」


 メンテは、すっかり足を投げ出して座っていた。


「チュチュは、そうだよね」


 どこか、呆れたような、それでいて優しい顔。


「…………」


 メンテが、アイスティーをぐびぐびと飲む。


「じゃあ、さ。最後までぶつかっちゃいなよ。どうせ結果が同じなら、当たって砕けたって同じことじゃない?」


「そんな無責任な慰め方ある〜?」

 不満そうに口を動かしたけれど、その言葉で、チュチュは少し、気が晴れていた。

 諦めなければとウジウジするよりは、むしろその方がさっぱりしていていいかもしれない。


 勘のいいシエロのことだ。

 あそこまで言ってしまえば、少なからず気持ちは気付かれてしまっているだろう。

 それなら、ここできっぱり諦める必要はないんじゃないかな。

 好きだと言うだけで、迷惑ということもないだろう。


 むしろ、シエロには聞いてほしい。

 行き場を失い、いつか忘れ去られる運命の、この小さな恋心のことを。


「それとも」

 ふと、思いついたようにメンテが言葉を紡いだ。

「もしかして、心に決めた人でもいるのかな」


「え……?あ???え????」

 チュチュが、今初めてその可能性に気付いたように、目を白黒させた。

「そんな、こと」


「だって、あの人、公爵家の人間だろう?婚約者の一人や二人……」


 そうなのだ。

 貴族に婚約者がいるのは、珍しい話ではない。

 必ず必要というわけでもないけれど。

 位の高い貴族では、幼い頃から婚約者がいることも多い。

 チュチュだって、侯爵家の娘として、そろそろそんな話が舞い込んできてもおかしくない年頃だった。


「まさかぁ」


 言いながら、それを否定しきるのもおかしいことを、チュチュは知っている。



◇◇◇◇◇



本編ではあまり出してあげられなかったメンテですが、ちゃんと学園生活してますよ!!

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