告白特訓!!大切なことはなくした瞬間に気づくらしい

響ぴあの

告白特訓!!大切なことは言葉にしないと伝わらない

「おまえ、俺の兄貴のこと好きなのか?」


 ラブレターを読み直していると、背後から声がする。

 しまった、見られてしまった。しかも、好きな人の実の弟に。


「このことは、秘密にしておいて」


「大切なことは自分の言葉で告白しなきゃ伝わんねーよ」


「ちゃんと、自分で考えた文章だよ」


「ちげーよ。俺が言っているのは、文章より、話すことで直接伝えたほうが気持ちの伝わり方が違うってことだ。顔もわからない相手から、手紙が届いても対応に困るだろ」


「でも、恥ずかしいよ。告白なんてしたことないし」


「じゃあ、俺が練習台になってやる。兄弟だから、似てると思うんだ。つまり、告白の予行練習にはうってつけの相手だろ。その代わり、俺の言うことを聞け」

 自信満々に提案して来る。どこまでも厚顔無恥だ。全く似ても似つかないということに気づいていないのだろうか。


「俺の言うことって……無理難題は困るんだけど……」


「心配することはない。大丈夫だって。頼み事っていってもジュース1本おごってもらうとか、授業のノート見せてもらうとか。些細な頼み事しかしないつもりだから」


 同じクラスの飛鳥修二は私が好きな人の実の弟だ。

 兄弟なのに、全然タイプが違う。

 飛鳥修一は1歳年上の兄であり、生徒会会長、成績トップ、物静かでおとなしいけれど、しっかりものだ。

 それに比べて、飛鳥修二のほうは、ヤンチャでクラスでもいつもうるさい集団に属しており、勉強は大の苦手という印象が強い。

 真面目と不真面目。兄弟なのに真逆だ。

 ヤンチャな性格ゆえ、こんなことを私に要求してきたのだろう。面倒なことにならなければいいけれど。というか巻き込まれなければいいけれど。でも、兄に私の気持ちを勝手にばらされてしまうのは困る。


 多分、修一先輩は私のことは知らない。

 だから、手紙を下駄箱に入れても私のことはわからないと思う。

 手紙を手渡しするのならば、直接用件を言ったほうが早いということはわかっている。つまり、修二の言う通りということだ。


「告白って、どうすればいいの?」

 いざ告白するとなるとわからない。


「その自信なさげな小さな字で書いていたことをまず口に出して言ってみろ」


「好きです。付き合ってください……」


「だめだ、だめだ。声、小さすぎ。声がかすれて全然聞こえない」


「容赦ないなぁ。仕方ないでしょ。あなたのこと、好きじゃないのに気持ちを入れることは難しいよ」


「しっかり目を合わせて、下から見上げる感じで。姿勢はぴんとする。自信

ないのが伝わってくるから。俺を兄貴だと思ってもう一回やってみろ」


「好きです。付き合ってください」

 

「声がまだまだ小さい。笑顔がないなぁ。もっと笑え」


 無理矢理頬を引っ張られる。皮が伸びるかと一瞬だけ思うけれど、意外と緊張がほぐれた。


「告白相手は修二だもんね。これは、あくまで練習だ」

 そう思えたら笑えてくる。


「その感じだ。兄貴は明るい女子のほうが好きだと思うんだ。笑ったほうが絶対かわいく見えるって」


 かわいく見える? うれしいこと言ってくれるなぁ。


「じゃあ、今日の特訓代として、ジュース1本おごってくれ」


「わかったよ。男子と話すことに慣れてないから、たしかにあなたとの特訓は有意義かもしれないと思ったわ」


「だろうだろう。兄貴と似ているのは練習相手としてこの地球上で一番最適だということだ。お前は運がいい」

 どこからこんな自信が沸いてくるのだろう。全く似てないというのに。お兄さんの方が女子の人気が高い。弟のほうは、微妙なところだ。顔立ちはお兄さんの方がアイドル系だし、知的で優しそう。


 修二は野蛮で怖そう。サッカーをしているから、普段は泥まみれな印象が強い。


「明日、また放課後部活が始まる前に!!」

 ジュースを持って校庭に一気に走っていく修二。現金な奴だ。


「ねぇ、今、修二君と何を話していたの?」

 親友の愛実がやって来た。


「実は、告白の実験台になってもらっていて……」

「何その展開!! 修二君人気なのに、練習台ってあんた女子にやっかまれるよ」

「修二って人気なの?」 

「そうだよ。すごく人気なんだよ。サッカーコートの脇で見学してる女子は修二君目当てがほとんどらしいよ」

「え? 嘘―? でも、私の好みはお兄ちゃんの方の修一先輩で……」

「修一先輩って生徒会長でしょ。彼も凄く人気あるよね」

「だよね。だから、私なんてダメだと思うんだけどね」

「でも、実の弟が協力者なんて超ラッキーじゃない? 色々聞くこともできると思うし」

「そうだね。練習一回につき、何か報酬を与えなきゃいけないんだけど。ジュース1本程度のね」

「その程度ならいいんじゃない? 告白の練習なんて、せいぜい2,3回だと思うし。練習の時に、修一先輩の趣味とか色々聞き出しなよ」

「そうだよね」


 外はサッカー部をはじめとする運動部の練習で、音が騒がしい。この放課後のざわついた空気が好きだ。授業が終わって、あとは部活をして帰るだけ。そんな私は、美術部に入っているが、活動はほとんどない。だから、少しばかり運動部の忙しそうな様子に憧れる。いつもにぎやかに笑いあう彼らは同じ高校生なのに、まるで別世界の住人だ。今日は初めて別世界の住人と言葉を交わした。それだけでも、私には大きな出来事だった。


 帰り際にお兄さんの修一先輩とすれ違う。やはりかっこいい。生徒会のメンバーと打ち合わせをしながら歩いている。こちらのことは目にも留めず歩いて行く。彼もまた、別世界の住人。


 次の日も放課後告白の練習することになってしまう。

「今日は、テスト前の勉強につきあうっていうことで練習してもらっていいか」

「かまわないけど」

「俺の家で勉強ってのはどうだ? つまり兄貴の家ってことだ。兄貴の座っている椅子に座ることも可能だし、部屋をのぞく程度なら俺が許可してもいいぞ」

「嘘? 本当に?」

「そのかわり、勉強を教えてくれ。俺、マジで今回赤点取ったらヤバいからさ」

「あなた、意外と親切なのね」

「あぁ、意外と親切だよ。さて、鏡を見て練習して来たか?」

「自分の顔を見ながら告白するって実に変だよね。でも、上目遣いの角度とか研究できたよ」

「やってみろ」

「好きです、付き合ってください」


 上目遣いの女子に男子は弱いと聞く。私最大のかわいい角度。


「ちょっと、弱いかな。言葉に抑揚をつけてみたらいい。あと、付き合ってくださいの後、どう言葉を出すかということも考えなきゃな。例えば、付き合うことがOKだと言われた後、断られた後、考えてみると言われた後、それぞれのシチュエーションを考えないとダメだよな」


「そうだよね。付き合ってくださいの後か……考えてもみなかったよ」

「リアクションの練習もしとけよ。じゃあ、今日は部活がないから、うちに寄ってけよ」

「今から? って家はどこ?」

「歩いて行ける距離だから、帰るぞ」

「ちょっと待って。一緒に帰るのはちょっと……」


 修二のファンがたくさんいると聞いた。つまり、一緒に帰るところなんて見られたら大変だ。


「俺と帰るところ、他の奴に見られたら嫌だよな。今日、兄貴は帰りが遅いって言ってたから、家で鉢合わせはしないと思うけど、しないともいえないな」


「自宅でお兄さんに会うこともあるってこと?」


「偶然の出会いが恋のはじまりかもしれないぞ。俺は先に三角公園に行ってるから、そこで待ち合わせだ」

 風のように走る後ろ姿。


「わかった、少し後で行くね」


 三角公園は高校の北側にある少し離れた小さな公園。ここに同じ高校の人がいるのを見たことがない。そこからならば、人に見られずに歩くことができるだろう。


「兄貴とうまくいくといいよな。もし、少し考えさせてと言われたら、俺がおまえのいいところをたくさん吹き込んでおくから」

 案外性格がいいのかもしれない。話したことがなかったから、泥だらけの野蛮人だと勝手に解釈していた。でも、勉強が苦手だけど、勉強熱心だし、悪い人ではない。


 自宅への道は案外短くあっという間だった。というか、修二の話が面白すぎて、時間が短く感じたのかもしれない。


 自宅はとてもきれいな戸建てで、両親は仕事でいなかった。お兄さんはいつ帰るかわからないから、ドキドキしていたのは言うまでもない。


「ここが、リビング。兄貴がいつも寝てるソファー。使ってもいいぞ」

 おずおずと座ってみる。なんだか、緊張する。あの先輩のサラサラの髪の毛がここに触れていたのだろうか。


「ここが兄貴がご飯を食べている椅子だ。座るか?」

「ありがたく、座らせていただきます」

 今日は凄く修一先輩オーラに包まれている。嬉しい。幸せだ。


「じゃあ、その椅子に座って俺に勉強教えてくれ」

「この椅子、いいの?」

「座りたいだろ。気持ちはわかる」


 その後、私は修二に勉強を教えた。彼は初歩的なことを理解しておらず、説明をするとすぐに基本問題は完璧だった。


「授業中ちゃんと聞いてる?」

「寝てたかな」

「ちゃんと聞いてたら、学力はあるんだから赤点は取らないと思うよ」

「数学の授業が眠くなるんだよ。あれ、絶対催眠術の一種だと思う」

「全く何言ってるのよ。でも、まぁ、その気持ちはわからなくもないわ」

 自然と笑いが出る。


 玄関の音がガチャリとする。

「ただいま」

 これは、憧れの修一先輩の声。


「おや? お客さん?」

「こいつ、俺のクラスメイトの神崎瑠奈。勉強教えてもらっていたんだ」

「はじめまして。1年3組の神崎瑠奈です。よろしくおねがいします」

 上目遣いビーム!! 私至上一番美しい角度で挨拶できたと思う。


「弟がいつもお世話になってるみたいだね。今、お茶入れるから」

「お構いなく」

 とはいったものの、舞い上がる。先輩が入れてくれたお茶を飲めるなんて。明日死んでしまうかもしれない。


「何部に所属しているの?」

 先輩の声は優しい。

「美術部です」

 話すことができた。嬉しい。


「俺、彼女から呼び出し来たから、出かけてくる」

 急に席を立つ修二。

「彼女って? そんな相手がいたの?」

 もしかして、二人きりにしようとわざと席を外した?

「秘密。じゃあな。がんばれ」


 メッセージがスマホに届いた。

『今が練習を生かす最大の時。告白がんばれ!!』


 今が告白の時。というか、あの男に彼女がいたなんて。


「修二には彼女がいたんですか?」

 とりあえず、会話をする。


「弟は自分のことをあまり話さないんだ。だから、恋愛ごとは兄でもわからないな。知っている限りで、女子を連れてきたのは君が最初だと思うけど」


 そうなんだ。彼女とは言っても、家に連れてくるほどの仲じゃないんだ。

 先輩が入れてくれたアールグレイの紅茶はとても香りがよく、色も澄んでいた。まるで、私がイメージしていた先輩そのものだ。


「あのさ、俺と付き合ってほしいんだ」

「え?」

 思っても見ない急展開に腰を抜かしそうになる。


「君を一目見た時から、気になっていて、弟が同じクラスだから弟に協力してもらったんだ。今日、ここに連れてきてもらったのも俺が頼んだからなんだ」


 こんなことってあるんだ。先輩の方が私を好きだった? そんなことがあるの?


「少し考えさせてください」


 先輩の頬が赤くなる。改めて顔を見ると、修二とは目が似ている気がする。全体的な雰囲気は違うけれど、どこか似ている。あいつめ!! 告白練習したらジュースおごれなんて言ってたけど、本当は両思いなの、知っていたんだ。だったら、あんな練習する必要なかったじゃない。鏡を見て、練習する必要なんてなかったじゃない。いじわる男!!


「前向きに検討してくれると嬉しいよ。これからもよろしく」


「どうせ、修二の奴、今頃彼女といちゃついてるんでしょうね。あいつは、そーいう奴です。先輩の弟だから、あんまり悪く言ったら失礼ですが」


「実は、修二経由で伝えてもらおうかと思ったんだ。でも、あいつが大切なことは直接言わなきゃ気持ちは伝わらないから直接言えと言ってきて。実は、この一言を何度も練習してたんだ」


「私にも、同じこと言ってました。大切なことは直接言えって。本当におせっかいですよね」


 紅茶を二人で飲む。緊張しすぎて味がしない。沈黙が続く。



 翌日、修二に文句を言う。

「ちょっと。両思いって知ってたのに、なんで練習なんかさせたの? ジュースおごってほしかったから?」


「兄貴の気持ちを知ってたんだけど、偶然お前が書いたラブレターを見てしまった。どうせなら、言葉で直接告白して付き合ったほうがいいと思ったんだ」


「あんたに彼女がいたなんて、初耳だし」


「正確には彼女ができたんだよ。だから、練習する時間はなくなるから、二人を早めに引き合わせたんだ」


「ちゃんと、言葉で伝えたの?」


「いや、告白されたんだ。昨日、返事した」


「……そうなんだ」


「兄貴に聞いたよ。少し考えさせてほしいなんて、もったいぶった返事だな」


 修二は優しい。気が利くし、笑顔を絶やさない。彼のそばにいると、笑顔が絶えなかったのは私なのかもしれない。


「修二くーん」

 かわいらしい女子が呼んでいる。


「じゃあな」

 私の最大かわいいビームを発揮しても絶対にかなわないくらい美人だ。顔は小さいし、色白で足が長い。華奢でおしゃれな女子。別世界の住人だ。


♢♢


「なんだよ、急に呼び出して」


「もう一度、告白の練習してもいい?」


「もう両思いだから、必要ないだろ」


「大切なことはなくしてしまってから気づくんだよね。ずっと私は修一先輩が好きだと思っていた。でも、一緒にいても会話が続かないの。フィーリングなのかな。人間には相性があるでしょ」


 目を開き、私至上一番かわいい角度で告白する。

「好きです。付き合ってください」


「でも、これって練習だよな?」


「違うよ。これは本番。私は修二が好きだと思ってる。彼女がいても思いを直接言葉で伝えたいと思う」


「実は、昨日、彼女には付き合うことを断ったんだ」


「なんで?」


「瑠奈が好きだからだよ。兄貴とつきあうことになって、失うと思った瞬間、大切だと気づいたんだよ。今、ちゃんと言葉で伝えたぞ」


「大好きだよ」

 私の言葉に修二の頬が赤らむ。

 

 大切なことは言葉にしないと伝わらない。

 大切なことはなくした瞬間に気づくらしい。


















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