9話

「ようこそ、千尋ちゃんと小金澤くん。これからよろしくね!」


 その日の夕方、アパートにて翡翠と小金澤の歓迎会が開かれた。


 机には桜井の作った料理が並べられている。机いっぱいに並んではいるが、これで全てではない。ちゃんと紗絵姉の分はあらかじめ取り分けている。


 赤神の歓迎会をしたときも同じようにたくさんの料理を用意してくれたが、紗絵姉の分は用意していなく、分かりやすく拗ねていたのが記憶に新しい。


 そんなに桜井の作った料理を食べたかったのかと、全員が若干引いていたのを覚えている。


「この料理美味しいです。桜井先輩今度作り方教えて下さい」

「もちろんだよ」


 翡翠は桜井の作った料理を味わっているようで、どんな材料が使われているのかとブツブツ呟いている。


「これから毎日桜井さんの料理が食べるのか、俺幸せだわ」


 これからの生活を楽しみにしている小金澤。栄養を考えてくれた上で、おいしい料理を作ってくれる。それだけでこのアパートに住む価値はある。


 各々料理を楽しんだところで、海風が歓迎会でやりたいと言っていた催し物に移る。


「月波くん、用意してくれた?」

「うん、一応そろえることはできたよ」


 オレは海風に頼まれていた10円玉を6枚取り出す。同じ年数のものを揃えるのは大変だと思ったが、桜井と赤神も協力してくれたことで見つけることができた。


 オレは6枚の10円玉を海風に渡す。海風が受け取ると、ポケットから一枚のハンカチを出した。


「これから10円玉ゲームをしたいと思います!」

「それって合コ……」


 10円玉ゲームという聞き覚えの無い名前にオレたちはポカーンとしているが、小金澤だけは何かを呟いたような気がした。


「それってどういう遊びなの?」


 同じくルールをしらない桜井が海風に尋ねる。


「えっとね、ルールは簡単でね。質問に対してYesなら10円玉を表に、Noなら裏にしてハンカチの下に入れるだけのシンプルな遊びだよ」

「それで、10円玉の年数の同じやつを用意してって頼んだんだね」

「そういうこと!」


 10円玉の年数が異なっていれば、誰が表にしたなどが分かってしまい匿名性が薄れてしまうということか。シンプルな遊びではあるが、これから同じアパートで暮らすのであるから、親睦を深められそうなゲームだな。ほんの少し興味が湧いた。


「海風さんって、よく10円玉ゲームで遊ぶの?」


 10円玉ゲームと聞いて何故か落ち着きがない小金澤が海風に対してそんなことを聞いた。


「ううん、やるのは今日が初めてだよ」

「初めてなのか……」


 小金澤の言葉にオレも同意見だった。ただ、小金澤は少し申し訳なさそうな顔をしているがどうしたのだろうか。ま、いつも変なやつだから気にする必要はなさそうだ。


「この前、面白い遊びをネットで探してたらこれが出てきたんだよね。簡単そうだったからどこかでやってみたいと思ってて、それで今日やろうって提案したの」


 やっても良いかな? とそのような目でオレたちの方を向いてくるのでどうぞと頷いた。面白そうと感じているわけだし、ダメだと言う理由がない。他のメンバーも反対する様子はなかった。


「じゃあ、始めようか。質問は時計回りにしていく感じで、最初はそうだな……月波くんからお願い」

「え、僕から⁉」


 困った……。みんなの質問を聞いてからどういったことを質問しようか考える予定であったのに、最初だとそれが出来ない。だとしたら、ここは無難に……


「じゃあ、学校とかの試験で上位を取ったことがある人」


 どうだ、これなら無難でいいだろう。そう思ったのだが、周りの反応があまりよろしくなかった。


「翼、そういうのじゃないぞ……」

「え、そうなの?」


 小金澤が代表してオレにダメ出しをした。いや、やったことがないからどういうことを聞けばいいか分からないんだよ。


「そうだね、一応こういう質問は隠したい秘密みたいなのを聞くみたいだからね……」


 そういうものなのか、それなら早く言っておいて欲しかったものだ。微妙な空気が流れてしまった。他に何か質問を考えた方が良いだろうか。


「ま、せっかく月波くんが質問してくれたし、ひとまず最初はそれでやってみようか」


 海風に気を遣わせてしまったみたいだ。確かに今思えば、試験の上位とかは簡単に調べれば分かることであるのに、匿名性もあったものじゃないな。


「それじゃあ、Yesなら表で、Noなら裏にして見えないようにハンカチのしたに入れてね」


 オレは迷わず表にしてハンカチの下に入れた。結果も大体予測はついている。4対2だろう。


「じゃあ、結果見てみようか」


 海風がハンカチをどかすと予想通り表が4枚、裏が2枚であった。


「表が4枚、裏が2枚だね。そっか2人も勉強が苦手な人がいるんだね」


 2人のうち1人は小金澤だろうと、この場にいる全員が思っているだろう。ただ、小金澤はというと、首を傾げて10円玉を見ているがどうしたのだろうか。それに桜井も小金澤と同じような反応をしている。


「じゃあ、次は小金澤くんの番ね」

「よし、じゃあここはもちろんこれだな……今好きな人がいる人」


 辺りに冷たーい空気が流れる。主にその冷気を出しているのは赤神である。


「なんだよ、この雰囲気。10円玉ゲームと言ったらこの質問だろ」


 どうやら小金澤はこのゲームの経験者らしい。本来であれば小金澤の言う通り、このような質問が適しているのかもしれないが、小金澤以外は未経験者だ。小金澤の流れについていけなかったのだろう。


「そうだね、確かに秘密なことだもんね。じゃあやってみようか」


 海風が空気感を変えるべく、急いでゲームを進行させた。オレはもちろん裏である。そもそも人を好きになるという感情のないオレにとっては好きというものがなんなのかが分かっていないのだがな。


「じゃあ、結果見てみようか」


 全員がハンカチの下に10円玉を入れたところで、ハンカチを取り上げると、表になっている10円玉が2枚あった。


「2枚、表だね……」


 妙な空気が流れる。これ、本当に盛り上がる遊びなのだろうか。


「嘘はついてないもんね?」

「それしたら面白くないからやってないよ」

「まあ、そうだよね」


 あくまでゲームを楽しんでいる桜井がすぐに否定をする。盛り上がらせるために表にした人がいるのかと思ったが、そういうわけではなさそうだ。


「あのさ、これって表が4枚じゃないのか?」


 小金澤が不思議そうに聞いてきた。いや、どうみたって2枚だが。


「え、2枚であってるけど?」

「数字が書いている方が表じゃないのか?」


 ゲームが成り立っていなかった。硬貨の裏表は確認していなかったが、まさか間違える奴はいないだろうと海風は思っていたのだろう。


「いや、数字が書いてる方は裏だよ、小金澤」

「え、そうなのか⁉」

「そうなの?」


 小金澤だけじゃなく、桜井までもが驚いていた。おい桜井、お前もか……


「あはは、それで小金澤くんは私が結果を言ったときに不思議そうな顔をしてたんだね」


 どうやら、裏にしていたつもりが小金澤と桜井は表にしていたようだ。結果的には2人の間違いを除けば、この6人の中に今好きな人がいる奴は誰もいなかったということになるのか。


「じゃあ、仕切り直して、次に行こうか」


 オレたちはゲームを続けた。その後、紗絵姉が帰ってきた時に『10円玉ゲームは合コンでやっているようなやつだぞ』と聞くと、恥ずかしくなったのか、それから誰もそのゲームをやろうとは言いだしてこなくなった。

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