7話
気が付けば時刻は23時を過ぎていた。風呂を上がったオレは、無性に夜風に当たりたくなったため、アパートの庭から夜空を眺めていた。
このアパートに住んで2年が経った。初めこそは学校生活に慣れるか、そしてクラスの連中と上手く付き合えるか危惧していたが、問題なく過ごすことができている。自分の演技力もバカにできないなと時々思ってしまうほどだ。
『ピシッ』
誰かが近づいてくる足音がする。こんな時間からいったい誰が来るのだろうか。このアパートには基本的な時間のルールは設けられていない。門限は自由であるし、1階に行ける時間を定めているわけではない。
誰が来てもおかしくはないのだが、普段ならこの時間は全員自室に籠り、自分たちの時間を大切にしている。
小腹が空いて何か食べに来たのかという考えが一瞬過るが、キッチンへ行くならこっちは庭であるし、反対側だ。
何にせよ、誰かがこちらに来ているのであればまだ演じている必要がありそうだ。みんなこの演じた僕しか知らないのだから。ただ1人を除いては。
「珍しいですね、翼くんがこんなところで黄昏ていらっしゃるなんて」
声がした方を見た瞬間、オレは気を緩めた。
「なんだ、お前か」
「なんだってひどくないでしょうか?」
こちらに来ていた人物はオレの本性を知っているやつだった。なら今更演じる必要はない。
「それで、何か用があるんだろ? なければわざわざ訪ねてこないだろ」
「半分正解ですけれど、半分は間違っていらっしゃいますね」
コイツと過ごしている時は一番素が出せている。昔のオレを知っているから演じるだけ無駄なのだ。
「用件は何だ?」
「ただしゃべりたいと思っただけなんですが、悪いですか?」
何を当然なことを聞いている、と言わんばかりの顔をしてオレの隣に座った。普段であればありえない距離感である。
「近いぞ」
「今更じゃないですか」
「はぁ……」
コイツとは付き合いが長い。世間で言う幼馴染みたいな存在だからな。ただ、他の住人はオレたちの関係を知らない。
「どうして、小金澤さんがここに住むことを了承したんですか?」
どうやら、オレが小金澤をここに住ませられるようにしたことに疑問を思っていたようだ。
「変だったか?」
「はい、だって翼くん、あまり彼のようなタイプ好きじゃないでしょう?」
うるさいとは思うが、小金澤は好きでも嫌いでもない。というよりもあまり興味がない。
「オレは他人に興味がないから、好きや嫌いなんかで動かないだけだ」
オレはあくまで自分に利があると感じたから小金澤をここへ住むことができるように提案しただけだ。別にそれ以上でもそれ以下でもない。
「またそれですか。いつも同じことを言っていらっしゃいますね」
「生まれつきなもんでな」
「いつまでみんなに偽った顔を見せるつもりなんですか?」
偽った顔か。みんなに見せている普段のオレは自分で創り出したもう1つの自分だ。誰からも頼られる、好かれる人物を演じている。
「死ぬまでじゃない?」
「疲れないですか、それ?」
「オレの本性を知ったら、みんな離れてしまうからな。演じている方が楽だ。……何をしている?」
淡々と質問に答えているオレだったが、オレを包み込むように後ろから抱き着かれる。
「いいかげん、心を開いたらどうでしょう? 小金澤さんと、翡翠さんはまだ分かりませんけれど、他の2人ならありのままの翼くんを受け入れてくれると思いますよ」
「それはありえない。じゃなきゃ、オレが1人である理由に説明がつかない」
「わたくしがいるじゃありせんか?」
「お前は別だ。付き合いも長いし、お互いに利があって今こうして一緒にいる」
コイツがオレの側にいるのも、オレを好きだからじゃない。オレと一緒にいた方が都合がいいからだ。
「確かにおっしゃる通りですね。わたくしは翼さんといた方が都合がいい」
「だろ?」
「それは否定しませんけど、辛くないですか?」
「何がだ?」
「そんな他人を疑ってばかりの人生って、辛くないんですか?」
オレを抱きしめる力がまた強くなる。
「もう何年も演じてきたんだ。今更、辛いとかそういう感情はないよ」
「そっか……」
お互いが何もしゃべらない沈黙の時間が続く。コイツは余計な詮索をしない。だからオレはコイツには素を見せている。
素を見せていても絶対にいなくならない。どこかでそんな考えがオレの中に存在している。
「もしも、翼くんが道を踏み外すようなことがあれば、その時はわたくしも一緒に死んであげますからね」
「……」
これ以上、お互いに何かを話すことはなかった。彼女はオレを包み込むように抱き着いたまま、時間が刻一刻と過ぎていく。
願うならば、違う世界線でコイツと出会いたかった。お互いにしがらみのない自由な世界で……
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