5話

 「それで、2人は何でここにいるの?」


 何故この時間までこのアパートに残っているのか、小金澤と翡翠に聞くことにした。この時間まで残っている理由が分からなかったからだ。


「俺は単純に翼に文句が言いたくて残ってただけだ」

「じゃあ、用も済んだみたいだし、また新学期にね」

「ちょっと俺だけなんか冷たくない?」


 本当はさっさと帰ってほしいのだが、帰る気配がないので適当に相手しておく。


「翡翠さんは? 家に帰らなくて大丈夫なの?」

「対応の差!」


 時刻はすでに19時を過ぎている。そろそろ家に帰らないと親御さんが心配する時間じゃないのだろうか。当の本人は時間を心配するどころか、桜井と一緒に夕飯の支度をしていたみたいだけど。


「あれ、月波さんは聞いてないんですか?」

「何を?」


 翡翠はあれ? みたいな顔をして首を傾げるが、僕も何のことなのか分からないので首を傾げる。


「聞いてないの? 今日から千尋ちゃんはこのアパートに住むんだよ」


 風呂掃除が終わって戻ってきた海風がそんなことを言った。昼に桜井が新しい子が来ると言っていたが、翡翠のことだったのか。


「聞いてなかった」

「ありゃ、紗絵姉が私から伝えておくって言われたんだけど……」


 ここにいる全員の目線が1つに集まる。ここまで黙って椅子に座っていた人物は自分が注目されていると分かるなり、


「悪い、ここ最近忙しくて忘れてた」


 と、悪びれた様子もなくさらっと謝る紗絵姉。紗絵姉はそんな謝罪よりも机に並べられた料理の方に意識が向いている。


「まあ、そんなことだと思ったよ」


 紗絵香さえか、ここアジサイの管理人でありながら、僕たちが通う嵐吹高校の国語教師だ。ここに住む人たちは親しみを込めて紗絵姉と呼んでいる。


 実際は海風が小さい頃から紗絵香に懐いていたらしく、そんな海風が紗絵姉と呼んでいたから他の人たちも呼び始めた。


「まあ、いいじゃないか。今日から同じ屋根の下でクラス同士仲良くしてくれよ」


 紗絵姉はポンポンと翡翠の肩を叩く。翡翠は全員が揃ったところで改めて自己紹介を始めた。


「今日からお世話になります。翡翠千尋です。4月から皆さんと同じ嵐吹高校に通うことになりますので先輩方、これからよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくね」


 同じアパートに住むだけでなく、高校まで一緒なのか。ここに住んでいるメンバーは誰1人として部活に入っていないので、初めての後輩だったりする。


 このアパートも新たな住人も増えたことで少しずつ空き部屋が減っていく。残っている空き部屋はあと1室となった。


「あの!」


 翡翠の自己紹介が終わるのと同時に、小金澤が席を立った。


「どうしたの急に」


 突然勢いよく立ちだす小金澤に驚く女性陣。僕はもう慣れたものだから、こんなことでは驚きはしない。


「俺もここで住みたいです」


 ちょっと待て、これには僕も驚かされた。住む家まで一緒になるのかよ。できれば反対したいところだが、僕にその決定権はなのが辛いところだ。


 管理人である紗絵姉が良いと言えば住むことができる。


 紗絵姉はここに住みたいと言った人は基本受け入れている。海風や赤神も自ら頼んでここに住むことに決まったからね。だから、たぶん小金澤も許可するのだろう。


「うん、小金澤だっけ」

「はい」

「ごめん、諦めてくれ」

「え~~」


 紗絵姉が断るなんて珍しいな。僕と一緒でうるさいのが嫌だったのかな。


「どうしてですか?」

「部屋があと1室しか空いてないからだ」

「なら、ちょうどあるじゃないですか」


 なるほど、そういうことか。何故紗絵姉が小金澤の入居を認められないのかが分かった。


 残っている空き部屋は2階だけである。2階には部屋が6部屋あるが、そのうち4部屋を女性陣が使っている。


 今日ここに入居してくる翡翠も2階の部屋を使うだろう。だから2階はほぼ女性専用階みたいになっているのだ。


 僕は最初こそ2階で住んでいたのだが、海風が入居するタイミングで自ら1階に移ると申し出た。元々1階には住めるような部屋がなかったが、物置を整理することで部屋を確保できた。


「一応教師だからな。部屋に鍵を掛けられるとはいえ同じ階に男女の寝室があるというのは認められないんだよ」

「私もそれは受け入れられないですね」


 紗絵姉の意見に赤神が賛同する。口にこそ出さないが、他の3人も同様の意見だろう。


「悪いけど、他の物件を探してくれ」


 そう言われると先ほどまでうるさかった小金澤が子犬のように静かになる。少しかわいそうだなとは思うもののどうしようもできない。


 だけど、少し待て。コイツをここに住ませることは僕にもメリットはあるのではないか。少し考えた後、僕は1つのアイデアを思いつく。


「紗絵姉、1階の物置を整理すればもう1部屋確保できない?」

「ん? 確かに物置はまだ余裕があるからできないこともないが」

「もし1部屋余裕が生まれたらそこに小金澤を住ませてもいいんじゃない?」


 紗絵姉が小金澤の入居を断るのが2階に住ませることができないことであるなら1階に空き部屋を作れば問題はない。


「まあ、空き部屋が出来るなら別に構わないが、小金澤はそこでもいいのか?」

「はい、このアパートに住めるならどこでも構わないです」


 どうしてそこまでしてこのアパートに住みたいのか分からないが、どうやら小金澤もそれで文句はないらしい。赤神は何か嫌そうな顔をしているように見えたが見ないふりをした。


「じゃあ、あとで契約書持ってくるから。それとさすがにすぐに部屋を用意するのは無理だから、1週間ぐらいはどこか別のところで住んでてくれ」

「はい、分かりました」

「それと、翼。お前が言い出したことだから、翼が部屋を掃除するんだぞ」


 あ、余計なこと提案しちゃったかも。僕は空き部屋を作ると言ってしまったことを少し後悔した。

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