4話

「ただいま~」

「桜井さん、頼まれていた物買ってきました」


 2人の言葉に反応してキッチンから桜井が出てくる。


「蒼衣ちゃんありがとう」


 買い物袋の中身を確認する桜井。これ見た目的には完全に奥さんみたいな感じである。エプロン姿もあって余計にそう見えてしまう。


「2人も帰ってきたってことは無事見つかったの?」

「もちろん。とはいっても見つけたのは赤神さんたちだけどね」


 今回、僕は特に何もしていない。あの様子だと2人も犬の飼い主を探していたみたいだし、僕が何もしなくても上手くいっていただろう。


「雫ちゃん、翼くんたち帰ってきたよ」

「ふぉんと? おかえりなしゃい」


 奥から口いっぱいにホットケーキを頬張った雫が出てきた。よっぽどおいしかったのだろう。口にチョコがついてるし。


「ワン、ワン」

「クーちゃん!」


 雫は駆け寄ってきた子犬を抱きしめる。


「良かった、無事で良かった」


 せっかくホットケーキで泣き止んでいたというのに、またポロポロと涙を零し始めた。


「お兄ちゃんたちありがとう」


 雫は涙を拭って僕たちにお礼を言ってきた。よっぽど見つかったことが嬉しかったらしく、今日一番の笑顔を見せた。


「無事に見つかって良かったよ」


 本当に無事で何よりだ。道路に飛び出したなんていう最悪の事態になっていなくて良かった。そうなっていたら、どんな顔をして雫に顔を合わせればいいか迷っていただろうから。


「鈴お姉ちゃんもありがとうね。ホットケーキ美味しかった」

「喜んでもらえたなら作った甲斐があったよ」


 雫はモジモジとこちらの様子を窺っている。トイレに行きたいの? そんな言葉が横切ったがすぐに頭の中からかき消した。そんなことを言えば、3人から何を言われるか分からない。


 余計なことはしゃべらない。それが僕のモットーだ。


「あのね、ホットケーキ美味しかったから・・・・・また遊びに来てもいい?」


 なるほど、それでこちらの様子を窺っていたわけか。そんなことを可愛らしく言った雫を桜井が断れるはずもない。


「もちろんいいよ。また遊びにおいで」

「ほんと⁉ お姉ちゃんありがとう」


 桜井は雫に抱き着かれ。気持ち悪いほどニヤニヤしている桜井。その顔絶対に雫に見せるなよ、たぶん怖がられるぞ。


「お兄ちゃんたち本当にありがとう。また来るね」


 雫は再度僕たちにお礼を言った後、犬をしっかり抱っこしたまま帰っていった。


「いい子だったね」

「本当だね」


 ああいう子はまっすぐ育ってほしい。そんなことを他人ながらも願ってしまうほどには良い子だと思った。


「そういえば、月波くん時間大丈夫?」

「あ、忘れてた」


 時刻を確認すればもう家を出ないとバイトに間に合わなくなる。慌てて部屋に戻り、身支度を済ませた。


「じゃあ、行ってくる」

「あ、待って」


 そう言って桜井は僕に小さな容器の入った巾着袋を渡してくれた。


「どうせ、お昼食べることを忘れて探し回ってたんでしょ。用意しておいたから、バイト先に着いたら食べなよ」

「ありがとう。助かるよ」

「いってらっしゃい」


 僕は急いでバイト先へ向かった。何か忘れているようだけど、今の僕にはそんなことを考える余裕はなかった。


    *


「ただいま~」


 バイトを終えた僕はアパートへと帰ってきた。いつもなら、この時間は料理をする桜井以外は部屋にいる時間なのだが、何故かリビングの方が騒がしい。珍しいこともあるもんだなと思いながら、リビングの扉を開けた。


「あ、お帰り」

「なんで小金澤がいるんだ?」


 騒がしい原因はこいつか。バイト後に小金澤と絡むのは正直疲れそうだ。さっさとつまみ出すか。そう心の中で決心したが、小金澤に先手を打たれてしまった。


「なんで、連絡してくれないんだよ」

「何が?」

「何がって、雫ちゃんって子のワンちゃん見つかったなら連絡してくれよ。俺ずっと探してたんだぞ」


 何か忘れているかと思っていたが、そういえば小金澤に連絡していなかった。でも、連絡先交換していなかったし、伝える手段がなかったわけだが。


「ごめんね。すっかり忘れてたよ」

「勘弁してくれよ、俺ずっと川辺にいたんだぞ」


 それは悪いことをしたな。ちゃんと謝ったほうが良さそうだ。僕が頭を下げて謝ろうとすると、料理を運んできた桜井が横から口を挟んだ。


「でも川辺でかわいい女の子と話せたって喜んでたじゃない」

「いや、確かにそうだけど」


 こいつには謝る必要がないな。何で犬探しをしている最中にナンパしているんだよ。


「だからまたこんなことがあったら困るからさ、翼の連絡先教えてくれよ」

「めんどい」

「酷くない!?」


 つい素が出てしまった。RINEなんて教えたら通知がひっきりなしになりそうで嫌だと思ってしまったのだからしょうがない。


「千尋ちゃんとは交換できたのに、俺とはできないのかよ」


 なんで翡翠さんと連絡先を交換したことを知っているんだと思ったが、キッチンの方から『どうも』みたいな感じで手を振られた。


 というか、翡翠さんも残ってたのね。雫の子犬が見つかってからかなりの時間が経っているはずだが、まだ家に帰っていないのか。


「分かったよ、教えればいいんでしょ」


 新たに友達として小金澤が追加される。僕は追加されるのと同時に小金澤の通知をオフにした。

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