3話

 さてと、どこにいるのだろうか。


 商店街についた僕はさっそく辺りを見回した。この時間帯の商店街は人通りが多い。今日も例外なく多くの人で賑わっている。この中から雫の子犬を探すのは骨が折れそうだ。


 とはいえ、僕の頭の中では目星はついている。雫が子犬と離れた場所から商店街までそう離れてはいない。だとしたらこの商店街の食べ物の匂いにつられて、こちらに来ていてもおかしくはない。


 そうなると候補は2つ、焼き鳥屋とコロッケ屋だろう。その2つの店は少し離れた場所にあるがどちらに行っただろうか。とりあえず、この場から一番近い焼き鳥屋の方へと行ってみるか。


「月波さん」


 誰かに後ろから声を掛けられる。その声が先程耳にしたばかりの声であるため誰の声であるかはすぐに分かった。


「どうしたの? 何かあった?」


 住宅街で探していた翡翠が何故ここにいるのだろうか。1人で探しているのだから、さすがに探し終わったということはなさそうだが。


「いえ、連絡先を聞いていなかったと思いまして、慌てて追いかけて来ました」


 そういえば交換していなかったな。もし無事に雫の子犬を見つけたとしても互いに連絡が取れなければ他の2人は気づかずに探し続けることになっていた。


「ごめんね。忘れてたよ」

「いえ、私も連絡手段のことは失念していました」

「じゃあ、連絡先だけど……」


 男が苦手だと思ったが連絡先を交換するというのは平気なのだろうか。無理して交換しているようなら止めたいけど、様子を見る感じそんな風には感じない。


「RINEでいいですか?」

「僕はそれで構わないよ」


 翡翠が表示したQRコードを携帯で読み取るとブランコの写真の下に『チヒロ』と書かれたアイコンが表示された。


 友達申請をすると、アプリ内の友達の人数の欄が6から7へと変化する。少しずつ人数が増えてきたな。


「ありがとうございます」

「というか、抵抗ないんだね」

「何がですか?」


 翡翠はキョトンとした表情で首を傾げた。どうやら僕と連絡先を交換することに抵抗は一切感じていない様子だ。


「いや、会ったばかりの人に連絡先なんて、あまり教えたくないもんじゃないの?」


 これから先、関わる可能性の低い人に連絡先を教える必要なんてあるのかと僕なら考えてしまう。それが僕の連絡先の人数に影響しているわけだが。


「今回だけという関係なら確かに連絡先は教えないですね。でも月波さんとは……」

「あれ? 翼さんじゃないですか?」


 翡翠が何かを言いかけたところで後ろから声を掛けられた。


「こんなところで何をしていらっしゃるのですか?」


 赤神蒼衣あかがみあおい、黒のロングヘアで眼鏡を掛けた女子。僕と同じ高校に通う1年生であり、アパート:アジサイの住人だ。


「もしかしてデート中でしたか? それでしたら悪いことをしましたね」

「違うから安心していいよ」


 あらぬ誤解を生まないように僕はすぐに否定した。赤神は小説を読むことが好きで毎日のように本を読んでいる。アパートには管理人が置いている本がたくさんあり、自由に読むことができる。


 小説の読み過ぎが原因であるのか、赤神は創造性に富んでいる。ちょっと行き過ぎた妄想をしたりするので困ることもある。


「なんだ違っていらっしゃいましたか。恋愛に興味がなさそうな翼さんに実は彼女がいらっしゃったのなら、かなり面白い展開だと思っていましたが」


 隠れて付き合うことができるほど僕はそこまで器用じゃないけどね。


「月波さん彼女いないんですね」


 赤神が余計なことを言うから翡翠に変な情報を与えてしまったじゃないか。一応保身のために言っておくが、僕に彼女がいないのは興味がないだけだからね。


「まあ、作る必要がないからね」


 翡翠には軽く受け答えして流しておく。


「それでは翼さんは、ここで何をしていらっしゃったのですか?」

「これぐらいの茶色の犬を探してるんだよ」


 僕は雫が言っていたぐらいの大きさを手で表現する。


「そのような子犬でしたら見ましたね」

「え? どこで?」

「実は、鈴さんに夕食の買い出し頼まれましてお肉屋さんに行っていたら、こちらに勢いよく走ってきました。もしかすると隣のコロッケ屋さんの匂いに釣られたのかもしれませんね」


 やはり匂いにつられていたか、ここからコロッケ屋まではそう離れていない。すぐに追いつけそうだ。


「それで、今その子犬がどこにいるか分かる?」

「分かるも何も、その子犬は今……」

「ちょっと、置いて行かないでよ蒼衣ちゃん」


 ハァハァと息を切らしながら何かを抱えてこちらに走ってきた。海風茜だ。


 海風茜うみかぜあかね、セミロングぐらいの茶色の髪にヘアピンを着けた女子、アパートの最後の住人だ。ヘアピンはお姉ちゃんから貰ったものだと聞いたことがあり、何年も使うほど大事にしているらしい。


「海風さんが抱いてる犬って……」

「大変なんだよ、この子迷子みたいなの!」


 海風は僕に見せるように首輪を指差す。首輪には『クー』と書かれていて、子犬も茶色で大きさも雫が言っていた通りの大きさ、たぶんこの子犬で間違いないだろう。


「うん、知ってるよ。その子の飼い主から探してほしいって頼まれたからね」

「そうなの! じゃあ、早く連れて行ってあげよう」


 海風は「もうすぐで飼い主に会えるよ」と言いながら子犬の頭を撫でている。無事に見つけることもできたので、犬探しの経緯を海風と赤神に話しながらアパートへと向かった。


「それにしても、何で海風さんは商店街にいたの? 桜井さんの話では学校の用事で残ってるって聞いてたけど」

「あんなの簡単だったから、ソッコーで終わらせたよ。そして帰ろうとしたときに蒼衣ちゃんから荷物運び手伝ってって連絡が来たんだよ」

「確かにこれ1人で運ぶのは辛いもんね」


 僕は先ほど赤神から受け取った買い物袋を見る。僕たちが住むアパートでは家事などを分担して行っている。1人ずつ食費を出し合って、全員分まとめて料理をしてくれているのが桜井だ。料理も分担できればいいのだが、他4人には料理スキルがないのだ。5人分の食料の買い出しということもあり、買い物袋は結構重い。


「ありがとうございます、代わりに持っていただいて」

「いや、これぐらい全然構わないよ。逆にこんなのを赤神さんに持たせたままだったら、僕が周りからひどい目で見られちゃうよ」


 大したことないアピールをしつつ、僕は無事アパートまで運ぶことができた。僕は問題なく運べたが、確かに赤神1人だと運ぶのは少し大変だっただろう。海風を呼んだ理由も分かる。


 今度から買い出しは僕が行くと桜井には伝えておこう。

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