第1部 転入生は入居したい⁉
1話
――――― 2023年3月23日
「なぁなぁ、なーってば!! 一緒に部活に入ろうぜ!」
僕の名前は
「だから、僕は遠慮するって」
先程からしつこく部活に入部しようと誘ってくるのは
小金澤とはもちろん昔から知り合いというわけではない。むしろ今日初めて会った。それにも関わらず、席が前後というだけで朝からずっと話しかけられている。なんでこの高校を選んだのかとか、どこに住んでいるのかとかいろいろとね。
今日でこのクラスは終わりなのだが、席替えをしたいを切望してしまう。
多くの質問をされていくうちに今度は何の部活動に所属しているかを聞かれた。この高校では部活動に所属することは強制ではない。僕はアルバイトをしているため、部活動に使える時間は無いため、部活をしなくて良いというのは正直嬉しい。
そういうわけで部活に所属していないわけなのだが、そのことを小金澤に話すと一緒に入ろうと声を掛けられたのだ。忙しいと言っているのに人の話を聞けないのかな。
「いいだろ? 俺だって一人で部活に入るのは怖いんだよ。一人でも知り合いがいれば怖さは半減するからさ」
「いやいや、僕と会ってまだそんなに経っていないのにここまで話せてるんだから大丈夫だよ」
初対面の僕とこれだけ話せているのなら問題ないと思うけどね。すぐに他の人とも打ち解けられる姿が容易に想像つく。
「なぁー頼むよ。俺だって怖いんだよ」
何度無理だと言っても、小金澤はしつこく誘ってくる。そのうち、僕は適当に流すだけになった。
修了式の日は学校が終わるのが早い。その分、バイトに入れる時間が増えるので非常にありがたい限りだ。生活していくためにもアルバイト代が多いことに越したことはない。
今日は13時からバイトに入ることになっているが、現在の時刻は11時。シフトの時間まではまだ2時間もあり、一度家に帰ってから昼食を取ったとしても十分間に合うぐらいだ。
「翼が住んでる家はどこらへんにあるんだ?」
帰りのHRが終わった後も何故か小金澤は僕の後をついてきた。どうやら僕が住んでいるところに興味があるらしかった。
それは別にいいのだけれども、学校を出てからずっと質問攻めになっている。小金澤はしゃべらずには生きていけない人間なのだろうか。
「もうすぐで着くよ」
次の角を曲がればすぐ見える場所にある。
「ほらそこだよ……」
と、声を掛けようとしたが、僕の視界に2つの影が映った。制服を着た女の子が、泣いている小さな女の子に声を掛けていた。
「どうかしたのか?」
小金澤は女の子2人の近くに寄り声を掛けた。女子中学生は急に話しかけられたことで驚いた反応をした。そんなすぐに近づいたら警戒するだろ。
「……」
案の定、彼女は小金澤に近寄られるとすぐにその場から遠ざかった。ほら、やっぱり警戒された。
彼女が中学生であると一目見ただけで分かった理由は、彼女が着ている制服に見覚えがあったからだ。あの制服は隣町の中学校のものだ。どうして隣町の中学生がここにいるのか気になることもあるが、
「ごめんね、急に話しかけちゃって」
僕は慌ててフォローに入った。最初こそは僕の方をなんとも言えない顔で見ていたが、心配して声を掛けたと説明すると口を開いてくれた。
この中学生は人一倍警戒心があるらしい。まぁ、見知らぬ男子高校生2人から声を掛けられて警戒しない方がおかしいか。それぐらいの警戒心を持った方が今の世の中的には正しいのかもしれない。
ウエーブのかかった金色の髪、整った顔立ちにスタイルも抜群。その見た目から彼女を見逃す男はいるわけもなく、その過程で男を警戒するようなことがあったのだろう。うちにも似たような人が1人いるし。
「私も先程この子に気づいたのですが、なんで泣いているのか分からないんです……」
彼女には小学生ぐらいの女の子がこちらを警戒しながら抱き着いており、落ち着かせるように優しく頭をなでていた。
「キミはどうして泣いているの?」
「……
反応を見るに多分この子の名前だろう。名前で呼んでほしいということだろうか。
「雫ちゃんだね。どうして雫ちゃんはこんなところで泣いているの?」
雫は小学2,3年生ぐらいの見た目だ。黒髪で男の子ぐらいのショートヘアであるが、一目見ただけで女の子と分かるぐらい、こちらの雫という子も顔が整っている。今日は比較的暖かい日であるのにかなりの厚着をしているが、暑くないのだろうか。
「えっとね、……クーちゃん」
「友達の名前かな?」
雫は首を横に振った。どうやら違ったらしい。
「ううん、ワンちゃんがいなくなっちゃったの……」
「ワンちゃん?」
「うん、さっきまでは一緒だったの……だけど、目を離したときにどこかに走っていっちゃったの」
雫は鼻をすすりながら、僕たちに説明してくれた。よっぽどその犬がいなくなったことが雫にとっては辛いことだったのだろう。
「そのワンちゃんってどれぐらいの大きさなのか教えてくれる?」
「えっとね……このぐらい」
雫は両手で丸を描いた。大きさ的に小型犬だろう。
「どんな色か分かる?」
「ちょっと茶色っぽい」
雫は最初こそ警戒している様子だったが、少しずつ僕の質問に答えてくれた。そのおかげで雫が探している子犬の特徴がだいぶ分かってきた。
「ありがとう。じゃあ最後に聞きたいんだけど、雫ちゃんのワンちゃんがいなくなったのは今からどれぐらい前のことか分かるかな?」
「そこのお姉ちゃんが来る少し前」
雫は女子中学生を指差してそう言った。
「私が来たのは今から5分前くらいです」
ということはそこまで遠くには行っていないだろう。
「雫ちゃん、クーちゃんのことは僕たちが見つけてあげるから」
「本当だよ。約束する」
雫は小指を立てた右手を僕の方に出してきた。指切りげんまんをしたいのだろう。僕が笑顔を作りながら同じく、小指を雫の方へと出した。
「嘘ついたら許さないから」
その口調は小学生とは思えないほど殺気を放っていた。僕を見る眼もまあひどい。この子も簡単には人を信じないようだ。
「安心して、ちゃんと見つけるから」
しっかりと雫の目を見て話したことで信頼してくれたのだろう。雫はようやく泣き止んだ。
さてどうするか? 子犬が逃げてからそう時間は経っていないとはいえ、人手が足りない。小金澤は無理やり手伝わせるとして、女子中学生の子もたぶん一緒に探してくれるだろう。
ただ、雫を連れて犬を探すとなると効率が悪い。正直に言えば、置いていきたいのが本音なんだよね。だけど、この場に小学生一人を置いていくのは別の問題も生じそうでその選択はできない。
だとしたら、協力を頼むとしかないだろう。
「雫ちゃん、早く見つけられるようにお兄ちゃんの知り合いを呼んでも良いかな?」
「うん、クーちゃんに早く会えるならそれでもいい」
そうと決まれば迷う必要はない。たぶん、あいつらのことだ。困っている人を見れば助けてくれるだろう。
「荷物も置いた方が早いし、3人とも僕についてきてくれる?」
小金澤と雫はなんの疑いもなく僕の後についてくるが、女子中学生は警戒しながら後ろをついてきた。この様子を見るにたぶん、この子は男が怖いんだろうな。まあ、無理もない。突然あった男について来いと言われて警戒しない方がおかしい。
だが僕が目的の場所につくと、何故だか女子中学生の警戒も薄れたような気がした。
「ここは……アジサイ?」
小金澤が塀に掛けられた看板を見てそう呟いた。
「うん、ここは僕が住んでいるアパート、名前はアジサイだよ」
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