奇想天外クッキング(2023宵霞誕生日SS)

 陰陽亭、厨房にて。

 はわわと言う言葉と共に顔色を青くする緋月、やらかしたと言わんばかりのヤタ、何が起こっているのか分からないとポカンとする美藍めいらんの三者は、目の前で燃え上がる火柱を静かに眺めていた。


 やがて火柱は、発動した晴明の「火災防止」の為の術に消されていく。そこら中に甘い香りと何かを焦がした様な匂いが充満していた。


「……はっ! しゅ、しゅーごー!」


「は、はい!」


「アイ!」


 一番最初に我に返ったのは緋月。慌ててポカンとしたままの二柱に号令をかければ、二柱も現実逃避から帰って来る。


「じょ、状況整理!」


「はい! ヤタさんたちは来たる宵霞の誕生日の為に料理をしてました!」


「アイ! そして気付けば火柱ガ上がっていマシタ!」


「どうしよう! 終わりだ!」


 状況は最悪である。緋月は思わず叫び嘆きながら、悲惨な状態の厨房へ目をやった。

 調理用の炉の上には、かつて食材だった黒い何かがこびり付いた鍋。天井が少しだけ焦げている気がしなくもない。


「その……、ちょこれーとって燃えるんだね……」


 どうしようもない状況を目の当たりにしながら緋月はもう、そう呟く他無かった。


 そう、来たる二月十四日。何を隠そうその日は宵霞しょうかの誕生日なのである。ちょうどその日は現し世で『バレンタインデー』という行事が開催されるらしく、緋月一行もそれにあやかろうとしていた所なのだ。


 しかし、緋月は既に人選で大きな過ちを犯していた。

 緋月自身は料理が苦手である為、とにかく紅葉に手伝いを頼もうとしていたのだが、運悪く彼女は買い出し中。ハクもどうやらそれに着いて行ってしまったらしい。

 十六夜を頼ろうにも仕事が忙しそうで断念。晴明は沢山の札を持って「僕は空を飛ぶんだ」と何処かに遊びに出かけて行った。


 仕方なく残っていたヤタと美藍に声をかけたのだが、この二柱ふたりこそ厨房に入れてはいけない存在なのである。


 ヤタは太陽神に名を連ねる者。その手で操る焔の勢いと言えば、空気すらも焼き焦がしてしまう程である。料理においてもその才能は余すこと無く発揮され、どんな食材でも瞬く間に黒炭に早変わりしてしまうのだ。


 対する美藍は四神きっての味音痴。その上作るもの全てを炒飯ちゃーはんへと変えてしまう為、晴明は机をバシバシ叩き、涙を流して笑いながら彼女を厨房へ出禁にしたと言う。


「お、おかしいですね……ヤタさんは言われた通り弱火にしたのですが……」


「アイヤ、火柱が立つ程度の炎は弱火と言いませんヨ」


 ただし、この中で一番まともなのは美藍だ。彼女は自分自身の欠点を理解しており、自ら現場監督と調理過程を読み上げる役へと立候補しているのである。


「と、とりあえずもっかいやってみよ! まずは……ちょこれーと溶かすんだよね!」


「その通りデス!」


「それじゃ……ヤタ!」


「任されましたよ!」


 緋月から直々に指名されたヤタは、「任せんしゃい」と胸を叩いて――もう一度火柱を立てようとした。


「うわぁーっ!? ダメだーっ!」


 二の舞である。緋月が叫び声を上げると同時に、美藍がすんでのところでヤタの持つ容器を取り上げる。


「あぁっ!? 何をしやがるんですか!」


「アイヤ! こっちの台詞デス! ワタシ、先程の失敗の理由を理解しましたヨ!?」


 美藍は眉根をキュッと寄せながら糸目を吊り上げる。ヤタは折角の見せ場を取られて怒り心頭と言った様子であるが、「何をする」は彼女の台詞では無いのだ。


「ていうかこれ、ヤタが持ってるだけで溶けそうじゃない?」


「確かにそうデスネ……よし、ヤタサンはこれ持ってソコに立っててクダサイ」


「ちくしょーっ! なんでですかーっ!」


 事実上の戦力外通告である。冷静な美藍に適うはずも無く、ヤタは容器を持ったまますごすごと端に移動した。


「め、めーらんちゃん、次は?」


「アイ、バターと砂糖と卵デス!」


「わかった!」


 緋月は美藍の指示を受けると、一気に材料を容器に放り込んだ。


对不起ごめんなさい、ワタシの言い方が悪かったデス、卵は最後に入れて欲しかったデス」


「あれぇっ!? そうなの!?」


 時すでに遅し、先程美藍が挙げた材料は全て容器の中だ。緋月はぴゃっと肩を震わせて驚くと、「どうしよう」と容器の中を見つめるのであった。


「…………、…………、……イエ! 多分混ぜたら一緒デスヨ!」


「だ、だよね!」


 もちろん何も大丈夫では無いが、緋月と美藍はお互いに顔を見合せて頷くと、「多分大丈夫」と口にしながら作業を進めていく。


 まずは一回目。


「あ、ダメですコレ! 凄く美味しい!」


 と、美藍が一言。完全に失敗である。


 二回目。


「どうしましょう緋月、卵が全て無に帰しやがりました」


「なんで!?」


 チョコレートを溶かすことに飽きたヤタが参入したことにより失敗。


 そうして、泣きの三回目。


「こ、これで上手くいってなかったらもう材料が無いよ……!」


「今回はヤタさん、ちゃんと炉と化してましたからね!?」


「そ、ソレでは食べますヨ……?」


 緊張の面持ちで緋月とヤタが見守る中、美藍は出来上がった焼き菓子を口に運ぶ。


「――! あ、すっごい不味イ! 全く美味しく無いデス!」


「……っ! やっっったぁぁぁああっ!」


「やりましたね緋月! ついに不味い物が出来ましたぁっ!」


 事情を知らずに音声だけを聞くと何とも混沌とした状況であるが、味見をしたのは味音痴代表の美藍だ。何故彼女が味見をしているのかは分からないが、とにかく彼女が不味いと言えばある程度成功してるのであろう。

 ついに成功した喜びに、緋月とヤタは手を叩きあって喜んだ。美藍も嬉しそうに糸目を細めている。


 やっとのことで緋月たちは、宵霞の誕生日に贈る贈り物を完成させたのであった。


****


【祝!誕生日配信 皆マジでありがと〜! 2.14】


「皆〜? レッツ、しょうたいむ! Shoだよ〜。今日は本当に沢山のお祝いありがとね〜っ! リプも全部読んだし、ファンアートタグとかもめっちゃ巡回してきた! ちょー嬉しい、一生の宝物になったよ〜! あ、そうだ。聞いてよ、アタシの妹と……何、親戚? 親戚たちがパウンドケーキ焼いてくれてさ! それがマジで嬉しくて……」

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