第24話

 ミウレとハコベラと一緒に緑の集まりの中を歩いた。ミウレによると、ここは、木というものが集まった、森という場所らしい。一人で歩いていた時は、心に余裕がなくて周囲の写真を撮ることも忘れていた。ミウレに事情を説明して、私は時々立ち止まって森の中の写真を撮っていた。ミウレの村にも、私が持っている端末と似たようなものがあるそうで、私が端末で写真を撮っていても、さして気にしていなかった。

 一人で歩いていた時は、森の中でもなるべく平坦な道を歩くようにしていたが、ミウレと行動するようになってからは、坂道や少々危険な場所も歩いた。

「安全な道もあるけれど、遠回りになるうえに、引き返さないといけない。それに、道の途中にボクの村がある。村に寄ったら、たぶん村の人はケイドを珍しがって、しばらく村から出られなくなると思う。険しいけど、頑張ってほしい。」

 ミウレは汗だくになりながら歩く私に、水筒を手渡してくれた。

「ミウレは、村に帰らなくてもいいの?」

 水筒を受け取りながらきいた。

「いつも、狩りにでるとしばらく村には帰らないんだ。」

 ミウレの顔には、いつもの明るさがなかった。きっとこの人は、村にいるよりハコベラと狩りをしながら野宿している方がいいのだろう。

 失礼だが、目も見えず、体も小さいミウレがうまく狩りをできるのか、私はかなり不安だった。しかし、ミウレとハコベラの狩りは無駄がなく、私が獲物を探している間に狩り終ってしまう。狩りの知識がない私でも、ミウレはかなりの腕前であることが分かるくらいだった。

 森の中では、おしゃべりなミウレも無駄な話をほとんどしない。常に周りの気配に意識を向けて、獲物の気配を逃さない。獲物を見つけると、ミウレは静かでも迫力のある声で「伏せて」と私の肩を軽く叩きながら言う。いつもミウレの傍にいるハコベラは獲物の方に走っていき、しばらくするとミウレが背中に取り付けていた猟銃をゆっくり構え、静かに獲物を撃った。その狩りの間、ミウレもハコベラも少しも音をたてない。私は本当に、最後まで獲物の位置すら分からなかった。

 仕留めたと確信すると、ミウレはハコベラを口笛で呼んだ。ハコベラはすぐにミウレの傍に寄り、ミウレの手に頭を摺り寄せる。それでミウレはハコベラの無事を確認しているらしい。ハコベラを撫でまわすと、獲物の方に静かに歩いて行った。

 今日仕留めた獲物は、ハコベラよりも大きい四本足の獣だった。ミウレが撃った弾は、見事に命中していた。私には十分大きい獣に見えたが、隣でミウレが獲物に触れながら「小さいなぁ」と呟いた。

「ミウレは、見えていないんだろう?それなのに、どうして命中させられるんだ。」

 ミウレは上着を脱いで、手袋をはめながら答えた。

「なんだろうね。目は見えていないはずなんだけど、ボクには気配に色がついてみえるんだよ。その色はモノによってちがうんだ。ハコベラの気配の色、獲物の気配の色があって、それをみて狙いを定めている。」

「……僕の気配の色は何色?」

 なんとなく気になって訊いてみると、ミウレは笑った。

「さあね、何色だろう?ボクは色の名前に詳しくないから。」

 確かにそうだった。せっかく素晴らしい能力を持っているのだ。私はミウレに色の名前を教えたかった。しかし、それを知ったところでミウレの役に立つのかどうかは分からない。

「今から獲物を捌くから、ケイドは周りとか見ている方がいいと思うよ。あんまり、見ていて気分のいいものじゃないらしいから。」

 少し興味があったので、ミウレの忠告を無視して、獲物を捌く様子を見ていたが、本当に気分が悪くなってきたので、私はその辺の木を見つめていた。

 しばらくすると、ミウレが獲物を捌き終えたらしい。私の肩をたたいてきた。振り返ると、あたりは血まみれだったが、肉は綺麗に捌かれて並んでいた。

 捌いた肉をもって、森の中でも少し開けた場所に移動し、ミウレは火をおこし始めた。今から晩飯を作るそうだ。私もミウレから何やら白っぽい石を渡され、それを削って「塩」という調味料を作るように言われた。

 塩を作り、それを肉にまんべんなくまぶした。そうしていると、いつの間にか姿を消していたハコベラが、心なしか嬉しそうに小動物を咥えて走ってきた。獣をミウレに差し出すと、ミウレは嬉しそうにハコベラをなでた。どうやら、ハコベラは単独でも狩りができる相当優秀な猟犬らしい。ミウレにハコベラを譲った狩人仲間は、きっと後悔しているだろう。私はそんな二人を写真に収めた。

 塩で味付けをして、軽く焼いただけの肉にミウレはかぶりついた。外の世界の食べ物には、有害物質が含まれている可能性もあるので、今夜は塔から持ってきた栄養剤で食事を済ませようと思っていたが、ミウレがあまりに美味しそうに肉にかぶりつくので、どうしても食べたくなってしまった。

 ミウレも「食べないの?」と不思議そうにしているので、少しだけ頂くことにした。かたい肉にかぶりつくと、濃厚な肉のうまみが感じられた。あまりのうまさに驚き、少しだけ食べるつもりだったのに、大きな肉の塊一つ平らげてしまった。

 ハコベラは自分が狩ってきた小動物の肉を美味しそうに食べていた。自分が食べるために狩ってきたものなら、仕留めたその場で食べればいいのに、いちいちミウレに見せ、ミウレと一緒に食べるのだ。

 食事を終えても、まだまだ肉は残っていた。ミウレは残った肉をよく焼いて冷ますと、大きな袋の中に詰め始めた。肉をどうするつもりなのか尋ねると、明日の食料にしたり、村の人たちに渡したりするそうだ。袋は単調な作りに見えたが、冷却機能が備わっているらしく、かなり長持ちするらしい。

「結構技術は発達しているんだね。」

 そうきくと、ミウレは少し顔をしかめた。

「ボクも詳しく知らないんだけど、結構進んでいると思うよ。でもね、長年塔に引きこもっていたから、大昔にやっていた、野菜を育てたり家畜を飼ったりする方法はもう伝わっていないんだ。」

 ミウレは肉を詰め終えた袋を担いだ。

「だから、どれだけ機会が発展していても、食べ物を得る方法は狩りしかないんだ。」

 この時のミウレには、いつもの幼さがなかった。

「そうか……。その袋、持つよ。ミウレは狩り道具があるだろう。」

 ミウレは子供のように笑って「ありがとう」と言って袋を渡してきた。

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