第23話

 ミウレは「まとまった話をするのは苦手だから、話がいったりきたりするけど、頑張って理解してほしい」と前置きをして、何かを思い出しながらゆっくり話し始めた。

 ミウレ曰く、ミウレの村の人々も、先祖は塔の中で生活していた人だそうだ。塔での生活に限界を感じた当時の人々は、外の世界でも工夫をすれば生活できるのではないかと思案し、外の世界に飛び出したそうだ。ミウレの村はその人たちが作ったものらしい。

 何よりも、シェルドの憶測が当たっていたことに驚いた。ミウレの村の人たちが昔住んでいた塔とは、間違いなく私かアミの塔かのどちらかだろう。このことをはやくシェルドに言いたくてたまらなかった。

外の世界に蔓延している有害化したエタナルーは、主に人の脳に悪影響を与える。それを知っていた人々は、侵された部分の脳を手術で切り落として、切り落とした部分の機能を機械で補ったり、周りと協力したりして、なんとか生活していた。そんな生活を続けながら、子孫を繁栄させていくと、いつしか有害化したエタナルーに何の影響も受けない人間も増えていった。

「人がここで生活し始めてから、何百年も経っている。もう有害な物質に弱い子なんてほとんど生まれないよ。」

 ミウレは、私に微笑みかけた。

「ケイドは、生まれてからずっと塔の中で生活していたんでしょ?有害物質で脳がやられちゃうかもしれないから、できるだけ体の中に入れないようにね。」

「ああ、分かった。気を付けるよ。」

 ミウレの話を、シェルドに聞かせてやりたかった。こんな話、シェルドにとっては財宝よりも価値のある話だろう。生きてアミの塔にたどり着けたら、シェルドにも話してやろうと、端末にミウレの話を記録しておくことにした。

 防護服のポケットではなく、着ていた服のポケットに入れていたおかげで、端末は傷一つついていなかった。

「ミウレ、未だに有害な物質への耐性を持たない子も生まれているんだろう?そんな子たちはどうしているんだ?有害物質に強くなる薬でも飲んでいるのか?」

 ミウレはお粥を食べる手を止めて、静かに答えた。

「薬はね、未だに造られていないんだ。もう有害な物質に弱い子も少なくなってきているから、焦って造る必要もないんだろうね。」

 私は端末に文字を入力する手を止めた。

「じゃあ、有害物質に弱い子はどうやって生きているんだ。」

「昔ながらの方法で、生きているよ。有害な物質に侵された部分の脳を取り除くんだ。」

 そう言うと、ミウレはお椀を地面において、かぶっていた一つ目の帽子をゆっくりと脱がした。

 私は声も出せずに驚いた。ミウレは目から頭頂部までえぐり取られており、後頭部も少し凹んでいて、髪の毛は一本も生えていなかった。鼻と口しかないその顔がゆっくりと笑みを帯びた。

「へへっ……びっくりした?ケイドもボクと同じ、有害物質に弱い子なんだから、気を付けていないとこうなるよ。薬なんて、ないんだから。」

 最後は少し悲しげだった。

「そうか、ごめんよ。」

 謝ると、ミウレは首を傾げた。

「なんで謝るのさ。それより、ボクもう仮面外してもいい?人前ではつけてろって言われるからつけているんだけど、これ結構重たいし、蒸れてかゆくなるからあんまりつけたくないんだよね。」

 「ミウレがそれでいいなら、いいよ。」と言うと、ミウレは嬉しそうに帽子を放り投げた。頭と顔の一部がないことを、ミウレは特に気にしていないようだ。帽子に描かれた一つの大きな目が私をじっと見つめていた。

「ボクね、こんな頭だからさ、結構怖がられたり、変な人だと思われたりすることも多いんだよ。」

 すっかり私に気を許したのか、ミウレはこれまで以上にぺちゃくちゃとよくしゃべった。脳の一部がないからか、人より物覚えが悪く難しい話も理解できないこと、感情のコントロールが自分ではうまくできなくて薬を飲んで調整していることなど、主に自分の話をたくさんしてくれた。中でも、私が驚いたのはミウレの年齢だった。

「ボクね、もうそろそろ二十歳になるんだ。」

 どんな話も冷静に聞いていた私も、これだけは声を出して驚いた。ミウレはそこまで身長も高くないし、言動も子供っぽいので、せいぜい十歳かそこらだと思っていた。聞けば脳の切除や薬の影響で、成長も途中で止まってしまったらしい。

 ひとしきり自分の話をして、ミウレはお椀や鍋を片付け始めた。

「ケイドの話を聞かせてよ。塔の中で生活していたのに、どうしてこんなところにいるの?」

 私は塔での生活、水槽の脳のこと、アミやシェルドの話、そして外の世界に出るに至った経緯をすべてミウレに話した。ミウレにも理解できるようになるべく簡潔に話したつもりだったが、少し難しいところもあったようで、私が話し終えるとミウレからたくさんの質問がとんできた。ミウレなりに、私の話を理解しようとしてくれているんだと思って、一つ一つの質問に丁寧に答えていった。

「なるほどね。なんとなくわかったよ。つまりケイドは、アミ?って人を助けるために塔から抜け出したんだね。」

「……そうだよ。」

 思ったより簡潔にまとめられて、少し納得できないところはあったが、これ以上話を複雑にして理解してくれないよりはマシだと思って、その気持ちを飲み込んだ。

「ボク、小さいころから塔での生活を書いたおとぎ話が本当に好きで、内容を覚えてしまうくらい読んでもらっていたんだ。だから、本で聞いた通りのことが本当に行われていたんだってわかって、すごく興奮しているよ。」

自分が当たり前にしてきた生活が、おとぎ話として語られていることに、恥ずかしいような複雑な気持ちを抱いた。

「おとぎ話はどんな話なの?」

「え?ケイドのしてくれた話とほとんど同じだよ。塔で生まれて、塔で育って、そして塔の中で出会った人たちと幸せに生活する話さ。」

 おとぎ話というから、誇張されたものだと思っていたが、意外と正確な話が伝わっているらしい。おとぎ話というより伝承に近いものなのだろう。多少は子供受けしやすいように物語らしくなっているかもしれないが、その本分は塔の生活を語り継いでいくことだろう。

「水槽の脳もさ、おとぎ話で聞いたことがあったんだ。でも、それを人間と考えるかどうか、生きていると考えるかどうかなんて、考えたことなかったな。水槽の脳を管理する人を神と考える人がいるのも驚いたよ。」

「ミウレは、水槽の脳をどう思う?人間だと思うのか、そもそも水槽の脳は生きていないと思うのか。」

 ミウレは顎に手を置いて考え始めた。

「うーん。ボクにはそういう難しいことは分からないし、まず見たことないからよくわかんないけど、意思を伝えてこない水槽の脳を生きていないって判断するのはちょっと違うんじゃないかなぁ。」

 ミウレは、シェルドの意見に疑問をもったらしい。詳しく意見を聞きたかった。

「ボクの村にも、自分の意思を伝えられない人はたくさんいるんだ。脳の切除手術の影響だったり、生まれつきそうだったりするんだけど、そういう人を生きていないってボクは思ったことないんだ。笑ったり泣いたりして、人生を楽しんでいるんだ。そういう人を生きていないだなんて、ボクは言えないなぁ。」

 ミウレの意見はまた新鮮だった。今まで何人かにこの質問をしてきたが、毎回驚かされる。

「でも、水槽の脳は臓器丸出しで表情なんてないから、人と同じように考えるのは違うのかな。でも、水槽の脳と人間が全く別のものだとも思えないんだ。水槽の脳も、もともとは人間でしょう?……もうよくわかんないや。」

 頭を抱えながら、話すミウレに微笑みかけた。

「ありがとう。そこまでまとまった意見を持っているのはすごいことだよ。」

「ケイドは?ケイドはどう思っているの?」

 私はどう答えていいか迷ったが、正直に話すことにした。

「僕はね、まだ自分の考えがまとまっていないんだ。だから色んな人にこの質問をして、自分なりの考えを形作ろうとしているんだ。一生かけてこの問題に向き合うつもりだ。」

 そういうと、ミウレの表情は明るくなった。

「すごいね!学者さんみたいだ。ボクも応援しているよ。」

 私以上に張り切っているミウレを見ると、自然と笑いがこみ上げてきた。

「ありがとう。そのためにも、僕はまずアミの塔に行かないと。」

 私は岩肌を見つめた。背中は痛むが、骨が折れているわけではないらしい。だが、この岩肌を登れる気がしなかった。大人一人分くらいの高さしかないが、それでも運動不足の私にはきついだろう。

「ここから出たいんだ。手伝ってくれないか。」

 ミウレに頼むと、嬉しそうに頷いた。

「この上に生えている木からロープを垂らしてある。それを使って登ろう。」

 立ち上がってあたりを見渡すと、確かに紐が上から垂れ下がっていた。岩肌を登るよりかはマシだろうが、私はこの紐を登るどころか、しがみついていられるかどうかも分からなかった。それでも、今はやるしかなかった。他に方法はない。

 一応、防護服の中に入っていた厚手の服を持ってきていて正解だった。今着ている服の上に着ると、防護服と同じくらいの安心感があった。

「ケイドから登る?」

 私の準備が終わったことを察したのか、ミウレが尋ねてきた。

「いや、ミウレから登ってくれ。」

 ミウレがどう登るのか、参考にしたかった。ミウレは頷くと、紐の端を手繰り寄せ、紐をぐるぐると腰に巻いて帯できつく固定し、何度か紐を引っ張って強度を確認すると、岩肌に足をかけてぐんぐん登っていった。ミウレは目が見えていないはずなのに、軽々と登っていく。私はそれが不思議でならなかった。

 ミウレを見て、岩肌の登り方を学んだ。私は紐にしがみついて登ることしか考えていなかったが、そんなことをするより岩肌を歩くように登った方がはるかに登りやすい。ミウレは外の世界でずっと生活しているから、一番楽に移動できる方法を瞬時に選ぶことができるのだろう。すんなりと上まで登ると、こちらにロープを垂らしてきた。

 ミウレを真似て登り始めたが、ミウレほど速く登ることができず、悪戦苦闘しながら、休憩しながら登った。ヘルメットがあるせいで、息をするのも苦しかった。

「大丈夫―?」

 上からミウレの気の抜けた声が聞こえる。「大丈夫」と返事したつもりだったが、あまりに声が小さく、ヘルメットが音を遮ってしまった。

「引き上げるね!ロープにしっかりつかまっていてね。」

 言われるがまま、ロープを強く握り締めていると、思い切り引き上げられた。あの小さな体のどこにそんな力があるのかと思うくらい強い力だった。引き上げられると、緊張から解放されて疲れが一気に襲ってきた。私は地面に手をついて四つん這いになって呼吸を整えた。

 ミウレに感謝を伝えようと前を向くと、四本足の白い獣が私を見つめていた。びっくりして声を上げると、ミウレの笑い声が聞こえた。

「大丈夫だよ。ハコベラが人を襲うことはないから。」

 「ハコベラ……?」とつぶやくと、ミウレが目の前の獣をなでながら説明してくれた。

「この子は、狩人仲間から譲ってもらった猟犬だよ。狩りをする、犬っていう獣。犬は賢いし、人によくなついてくれるから、狩りにピッタリなんだ。」

 ミウレになでられているハコベラは、目をつぶってミウレに甘えているように見える。先ほど私を鋭い目つきで見つめていた獣と同じとは思えないくらい穏やかな表情をしていた。

「茶色と黒の毛をもっていて、狩りをするときには周りの色と溶け込んで目立たなくなる。狩りにうってつけの種類の犬らしい。仲間の家でいい雄犬がたくさん生まれたときに、一匹貰ったんだ。」

 ハコベラをなでながら、嬉々として話すミウレを私は少し気の毒に思った。ミウレは、だまされているのだ。ハコベラは真っ白な体毛をもつ犬だった。また、後でわかったことだが、ハコベラは雌だった。おそらく、突然変異かなにかで生まれた白い雌犬の対処に困り、盲目のミウレに押し付けたのだろう。本当のことを話してやろうかと思ったが、幸せそうにしている二人を見ていると、そこに水を差すのも悪い気がして、結局何も言えなかった。

 ミウレはロープを片しながら、狩りの話をしてくれた。驚いたことに、ミウレは私の塔からアミの塔までの範囲を狩場としていて、道案内もできると言ったのだ。ミウレは会話の中でさらっと流すように言ったが、私にとってはこの上ない好機だった。私にも「脳の管理人」のような人生を操る存在がいるのなら、彼が私を生かすためにミウレと引き合わせてくれたのかもしれないと思ったくらいだ。私はミウレに頭を下げて、道案内をしてくれるように頼んだ。

「そんなに畏まらないでよ。頼まれなくてもするつもりだったから。」

 ミウレはまとめたロープを金具で帯に取り付け、ハコベラの頭に手をのせると、振り返って「じゃあ、行こうか」と私に微笑んだ。

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