第21話
重い扉を閉じて、振り返って外の世界を一望する。広い。ただひたすらに広い。一面に植物がたくさん生えていて、奥には木がたくさん生えている所が見えていた。そして何より驚いたのは上部に広がる青。これが空という領域だろう。長年見たくてたまらなかったものが目の前にある、私は嬉しくなってその場に座り込んで涙を流した。少し落ち着くと、この広い大地を走り回りたい衝動にかられた。思いっきり走っていると、大声を出したくなって、私は本能のままに吠えた。声がヘルメットの中で反響してうるさいが、その不快感すらも気分を高揚させた。誰かに聞かれているかもしれないという考えは一切なく、ただひたすらに吠えて走った。
立ち止まり、息を整えてもう一度あたりを見渡す。ヘルメットのせいで視界が狭くなっているのが憎かった。この世界は、人間の目では見渡すことすらできないくらい広かったのだ。
そして、私は生まれて初めて、自分が生まれ育った塔を外から見た。この塔がつくられてから、数百年は経っているはずなのに、塔には傷一つついていなかった。真っ黒で大きな塔は、周りの自然を見ると場違いなくらい人工的で、この世のものとは思えないような雰囲気すら感じられた。
端末からシェルドにメッセージを送った。届いているのかは分からなかったが、返信をこのまま待つほど余裕はなかった。はやくこの美しい外の世界の景色を写真に収めたい。私は無我夢中で写真を撮った。きっとシェルドに頼まれていなくても、私はこの景色を写真に残していただろう。
景色をとるためにうろうろと歩き回っていると、すっかり塔から離れてしまった。私は足元に生えていた長細い植物を撮って、ふと振り返ってみると、塔の後ろに大きくて明るい物体が空に浮かんでいた。
「もしかして……これが……太陽……?」
ほかに空を照らしているものはなかった。空にちらほら浮いている白い物体は、自ら光を発しているようには見えなかった。間違いなく、これが太陽だ。見失ってしまうのではないかと不安に思っていたが、こんなに大きくて強いエネルギーを感じるものを見失うはずがなかった。私は感動して、しばらく動けなかった。自分の住んでいた塔が小さく見えることが信じられなかった。この世界は本当に広い。感動と、自分がどれだけ狭い世界で生きていたのか思い知らされたことで、私は思わず涙を流した。泣きながら、震える手で太陽の写真を撮った。
今の時刻は朝、つまりこの太陽は出てきたばかり、東にあるのだ。アミの塔にたどり着くためには、太陽を背に進めばよい。私は太陽のエネルギーを背に感じながら、まっすぐ前に歩き始めた。
しばらく歩いていると、遠くに見えていた緑の集まりが目の前に迫ってきた。茶色い柱の先に緑の欠片が集まったものが密集している場所で、太陽の光も入って来ないのか、暗かった。私は緑の欠片を集めた茶色い柱に触れてみた。思ったより硬く、力いっぱい揺らしてみても、緑の欠片がガサガサと音を鳴らすくらいで、ビクともしなかった。私はその姿を写真に収め、手を伸ばして緑の欠片を一つとると、鞄の中に入れた。
目印である太陽が見えない中で歩き続けるのは危険だったが、このまま立ち往生していても何も状況は変わらない。進まないよりも遠回りを覚悟して進んだ方がいい。私はこぶしを握り締めて深呼吸をして、暗い緑の集まりの中に飛び込んだ。
緑の集まりの中は外から見たときより明るく、足元が見えなくなるほどではなかった。ただ、あんなに大きくて強い光を発する太陽が出ていても、この暗さなのかと思うと不安になった。夜になると太陽は沈んでしまう。その前にここから出たかった。それに、この場所には私以外の生き物の気配をたくさん感じる。もし襲われたらひとたまりもないくらい危険な生き物もいるかもしれないと思うと、恐怖で足がすくんだ。
私は速足で歩き続ける。塔より地面がやわらかく、歩きにくかった。私はもう、方角のことなど考えられなくなっていた。ひたすらに不安で、ただこの緑の集まりを抜けることしか頭になかった。少し腹が減っていたが、休憩をとれるような場所も見つからない。こんな場所で他の生き物に怯えながら飯を食うより、明るく開けた場所でゆっくり落ち着いて食べたかった。
どのくらい歩いたのだろうか。あたりはすっかり暗くなっていた。空は時間帯によって色が変化するものだと思っていたが、おそらくそれは間違っている。光を発している太陽が地面の中に沈んでしまうから暗くなってしまうのだろう。空の色を変えてしまってもおかしくないくらい太陽の光は強かった。この暗さなら、きっともう太陽は沈みかけているか、沈みきってしまっただろう。休憩もなくずっと歩き続けていたせいで、もう足を引きずるように歩くことしかできなかった。
不気味なくらい静かで暗い周囲のせいか、私の頭はいつの間にか不安感と悲観的な考えで埋め尽くされた。迷ってしまったのではないか、このまま暗い中に閉じ込められて、アミの塔にたどり着けないのではないか。そもそも、私が塔から出たこと自体、間違っていたのではないか。水槽の脳は私がいないと、生命維持装置に何かあった時、そのまま死んでしまう。秘書はあのまま放っておいたら、充電もできずにそのまま動かなくなってしまう。そんなことをしてしまって、本当によかったのだろうか。色んな事が頭をよぎった。
少し疲れてしまった。私はその場に座り込んで、空を見上げた。緑の欠片が重なり合って、ほとんど空は見えない。深呼吸をして、辺りを見渡すと、一筋の光が見えた。青白い光だったが、私にとっては希望の光だった。私は急いで立ち上がって、その光に向かって無我夢中で歩き始めた。希望が見えると体は自然と動き出すもので、疲れ切って重くなっていた足が急に軽くなって、私は大喜びで走り出した。
徐々に青白い光が大きくなってきた。あれが出口だと確信した。開けた景色が見えた。私は嬉しくなってさらにスピードを上げた。
その瞬間、どこかから声が聞こえた気がした。しかし、私はそれを無視して走りきった。
光が大きくなった。視界が開けて、全身に高揚感が駆け巡った。その瞬間、足元が崩れた。ヘルメットの中、狭い視界では私の足元で何が起こっているかは分からなかった。一つ分かったことは、私の目の前には地面がなかったということだ。私はそのまま落下していった。静かに輝く月が見えた途端、背中に衝撃が走って、私は気を失った。
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