第20話

 ついに塔から出る日がやってきた。最後の見回りをしていると、水槽の脳たちを見捨てて外の世界に出ることが少し申し訳なくなってきた。しかし、このままここで一生を終えるのも嫌だった。私がここにいたらアミも救えない。シェルドの夢も叶わない。私は今日、この塔を出るべきなのだ。

 結局、方位磁石は見つからなかった。かなり不安は残るが、私はタイヨウを目印に西を目指すことにした。

 必要最低限のものしか持たないつもりでいたが、二十年もこの塔で暮らしていたため、たくさんの思い出の品があった。すべて持っていくのは不可能だったため、父の遺品から宝飾品をいくつか、アミに似合いそうなものと父がよく身に着けていたもの、それと父が外の世界を知るために読んでいた二冊の本、母の髪飾りと母が描いた家族の絵、これだけ持ち出すことにした。

荷物をまとめ、端末と予備電池の充電を済ませた。そこまで準備を終わらせると、私は部屋に秘書を招いた。秘書はいつものように私の部屋に入ると、物を詰め込んで大きく膨らんだ鞄に目をやった。

「ケイド様、その大きな荷物は何ですか。」

 あまりに恐ろしい質問だったが、私はそれを無視して、秘書の背後に回って部屋の戸を閉めた。

「父の遺品を鞄にまとめたんだ。」

 そう言うと秘書は、小さく「そうですか」とつぶやいた。納得しているのか、機械っぽさの残るその声色からは分からなかった。

 いつものように秘書を背後から抱きしめて、服を脱がす。秘書は凶器の類を一切持っていなかった。秘書は何の抵抗もなく、されるがままになっている。私は秘書のくびれをつかみ、自分の腰を秘書の尻に打ちつけた。何度もそれを繰り返すうちに、チリンと軽い音が鳴って、脚の付け根から金具が取れた。その瞬間、秘書の右脚がとれた。

 驚いて振り向いた秘書を無視して、腰を打ちつけ続ける。少し角度を変えると、簡単に左脚も外れた。私はすぐさま秘書のくびれから手を放し、秘書の両脚を手に取った。

「直してください。」

 裸のまま倒れこんで、こちらを見上げている秘書に微笑んで、私は自分の服の乱れを整えた。そして、そのまま用意してあった大きな鞄をつかんで、そのまま部屋の外へ逃げ出した。

「待ってください!」

 秘書の声が聞こえたが、私は構わず走り続けた。エレベーターに乗り込み、地下に向かっても心臓が激しく脈打っていた。


 防護服とヘルメットを取りに地下倉庫に向かった。地下倉庫に着くと、私は秘書の脚を放り投げ、防護服を手に取った。秘書は追ってこれないだろうが、この塔にいる機械に指示を出し、私を拘束することくらいはできるかもしれない、呑気にしている暇はなかった。防護服を身に着けようとしたとき、中にも服があることに気づいた。厚手の上着とズボン。服の表面を触るとシャカシャカと音が鳴り、外気を通さない頑丈な作りになっているようだった。軽い作りになった防護服なのか、防護服の中に着る専用の服なのか、何か分からなかったが、何かに使えるかもしれないと思い、鞄の中にその服を詰め込んだ。

ヘルメットを被り、顎下に垂れ下がっている紐を引っ張ると、シューと音が鳴って首に圧がかかった。視界が狭く、首下で何が起きているのか把握できず、このまま首が締まってしまうのではないかと不安になったが、しばらくすると楽に呼吸ができるくらいまで緩んだ。

準備が整ったので、シェルドに今から塔を出ると連絡を入れた。外の世界につながる大きな扉の前、鍵はかかっていなかったので、あとはこの重い扉を開けるだけだった。鞄の父の宝飾品、母の髪飾りが入っているあたりに手を添えて、両親に心の中で感謝を伝え、私は重い扉を押し開けて外の世界に出た。

十七

 重い扉を閉じて、振り返って外の世界を一望する。広い。ただひたすらに広い。一面に植物がたくさん生えていて、奥には木がたくさん生えている所が見えていた。そして何より驚いたのは上部に広がる青。これが空という領域だろう。長年見たくてたまらなかったものが目の前にある、私は嬉しくなってその場に座り込んで涙を流した。少し落ち着くと、この広い大地を走り回りたい衝動にかられた。思いっきり走っていると、大声を出したくなって、私は本能のままに吠えた。声がヘルメットの中で反響してうるさいが、その不快感すらも気分を高揚させた。誰かに聞かれているかもしれないという考えは一切なく、ただひたすらに吠えて走った。

立ち止まり、息を整えてもう一度あたりを見渡す。ヘルメットのせいで視界が狭くなっているのが憎かった。この世界は、人間の目では見渡すことすらできないくらい広かったのだ。

そして、私は生まれて初めて、自分が生まれ育った塔を外から見た。この塔がつくられてから、数百年は経っているはずなのに、塔には傷一つついていなかった。真っ黒で大きな塔は、周りの自然を見ると場違いなくらい人工的で、この世のものとは思えないような雰囲気すら感じられた。

端末からシェルドにメッセージを送った。届いているのかは分からなかったが、返信をこのまま待つほど余裕はなかった。はやくこの美しい外の世界の景色を写真に収めたい。私は無我夢中で写真を撮った。きっとシェルドに頼まれていなくても、私はこの景色を写真に残していただろう。

景色をとるためにうろうろと歩き回っていると、すっかり塔から離れてしまった。私は足元に生えていた長細い植物を撮って、ふと振り返ってみると、塔

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