第15話

 シェルドは、少し悲しそうに笑った。

「お前ら、本当によく似た父子だな。ほとんど同じセリフは、アルフからも聞いたことがあるよ。」

 そう言うと、シェルドは表情を引き締めた。

「でも、お前は自分が言っていることの意味を分かっているか?外の世界は人間が生きられる環境ではない。外の世界に出て、無事に戻ってきたやつなんて今までに一人もいないんだぞ。」

 ため息が漏れた。

「それに、お前の秘書がそれを許さないだろう。アルフが外の世界に出ようとして殺されたこと、お前が一番わかっているだろう。」

 私は、今度こそシェルドの瞳をまっすぐ見つめて言った。

「そうなる前に、私が秘書を殺します。」

 シェルドは目を見開いて驚いた。

「本気か。」

「はい、本気です。」

 シェルドの目には怒りが見えた。

「秘書はお前に付きまとって監視しているんだろう?そういう機械には自爆機能がついている可能性もある。どうやって秘書を殺すんだ。殺せたとして、どうやって逃げるんだ。」

 シェルドはため息をついて、まっすぐ私を見つめた。

「危ない目にお前を合わせられるか。お前は無事に外に出られるかどうかも分からない。無事に外に出られても、外の世界で死んでしまうかもしれない。そんな無計画なこと、もう二度とさせない。」

 シェルドの言っていることは尤もだった。それでも、私は諦められずに、じっとシェルドを見つめた。

「お前がアミを助けにいって、それでお前が死んでしまったら、アミはどうなる?余計に精神的にダメージを負ってしまうだろう。頭を冷やせ。」

「やるだけ、やらせてください。計画を立ててみて、どうしても無理だと分かるまで、やらせてください。」

 私がそう言うと、シェルドはハッと驚いて、少しうつむいた。

「お前さ、恐ろしいくらい父親と同じことを言うんだな。……わかったよ。これも一種の学びになるはずだ。やれると思えるところまで頑張りな。」

 私が喜びの表情を浮かべると、シェルドは厳しい目で私の瞳を見つめた。

「でも、あまり時間はないんだぞ。計画を立てるのも、実行するか否か考えるのも、迅速に動かなければならない。それは分かっているのか。」

 私が強く頷くと、シェルドは諦めたようにため息をついた。

「……アルフに同じようなことを頼まれた時な、アルフとリリカの住む、二つの塔の大体の位置を調べたんだ。その時のデータがまだ残っていたはず、まずはそれを探してみるよ。」

「ありがとう。」

 深々と頭を下げると、シェルドは優しげな笑顔を見せた。

「確かに、アミを救う決定的な方法は誰かが彼女を介抱してやることだ。それは今のアミも、これからのアミも救うことができる。そして、ケイドとアミが二人で暮らせば、今後お互いを助け合って生活できるし、何より寂しくない。でも、外の世界に出るということは危険しかないということを忘れるな。できる限りお前の助けになるつもりだが、やめたくなったらすぐに言いなさい。他にもアミを助ける方法がないわけじゃないんだからな。」

 教師らしい厳しい口調でシェルドは言った。

「わかった。」

 私がはっきりと声に出すと、彼は困ったように微笑んだ。 

 翌日、シェルドから私とアミの塔についてのデータがすべて見つかったとの連絡を受けた。すぐに通話の準備をし、呼び出し音を鳴らした。シェルドはこういう長くなりそうな話のときには、メッセージを送ってやりとりをすることを好まない。それはもうわかっていた。呼び出し音を鳴らし始めると、すぐに応答があった。

「行動が速くて助かるよ。」

 まだ画面にはっきりと姿が映っていないが、シェルドが笑いながら言っているのは容易に想像できる。

「さて、アミとケイドの塔についてのデータを画面に映しながら説明しよう。後でまとめて送るつもりだけど、少々説明がいるものもあるから。」

 シェルドは手元に視線を向けて、何かを操作している。地下で見つけた父の端末を使い始めて長いが、まだまだ私の知らない機能がたくさんあるようだ。

 次の瞬間、シェルドが画面から消え、絵のようなものが映し出された。茶色、緑色、水色にうすく色づけされており、何重もの歪な線がたくさんある絵だった。絵の中央には、大きさの違う二つの赤い丸があった。

「これは地図という地上時代に地形や建物の位置を把握するために作られたものだ。塔型仮国でいうところの、塔内断面図のようなものだな。」

「この水色の部分が、地上にあると言われている海や川などの水がたくさんあるところだ。これは細長いから、たぶん川だろうな。そして緑色が平地で、茶色が山や高地だ。この歪な線は、同じ高さの範囲を示している。この線が何重にもなっている所は、山という、他の場所より高い場所がある可能性が高い。」

 外の世界を知ることができている気がして。私はとても興奮した。海や川は本当にあるのだ。

「大きい赤い丸と、小さい赤い丸が見えるだろう。大きい方がケイドの塔で、小さい方がアミの塔だ。」

 私は思わず声を上げた。一つの図の中に納まるほど、私とアミの塔は近かったのか。そう考えると、同じ地域にある二つの塔が二つとも異常な人口減少を起こしていることが、偶然とは思えなかった。

「なんで、人がいない塔が同じ地域に集まっているんだろう。」

 独り言のように疑問をつぶやいた。

「……昔に言ったと思うが、お前たちのほかに一人の仮国で生きている奴は三人いる。でも、その三人の仮国は同じ地域ではない。ただ、そいつらはお前たちのように自然に人口が一人になったわけではない。だから、俺はこの地域に自然に人がいない仮国になってしまった、お前たちの塔があることは、決して偶然ではないと思う。」

 シェルドの声が耳に響いた。私は地図を見つめながら頷いた。

「憶測でしかないが、お前たちの塔は外の世界への移住が進んでいたのではないかと、俺は考えている。」

「移住……。」

「そうだ。二つの仮国が共同で移住を進めていたと思えば、今のアミやケイドが一人になってしまった理由につながると思う。そうでなければ、塔の中で戦争が起きて人口が減ってしまったとしか考えられない。ケイドの塔には閉鎖居住区がある。そこで戦争が起きていたとも考えられるから、何とも言えないんだけどね。」

 確かに、私の塔には、入ることすら許されない鉄壁に囲まれた場所がある。そこで戦争が起きていたとしてもおかしくはないが、そう思いたくなかった。

「ごめんごめん。自分の住んでいるところが戦場かもしれないなんて思いたくないよな。この話は終わりにしよう。」

 私が顔を歪めたのを見たのか、シェルドが明るく話を切り替えた。

「アミの塔まで、結構近いように見えるだろう。だけどな、歩いて三日はかかる距離だぞ。」

 私は大声を出した。

「三日!」

「ああ、三日だ。これは計算で出した日数だから、実際はもっとかかるだろう。方角を間違えて迷ったり、体調を崩したりするかもしれないことを考えると、最短でも七日はかかるとみておいた方がいいかもしれない。」

 顔は見えないが、シェルドが険しい顔をしているのは容易に想像できる。

「お前の場合、外に出られるかどうかも分からない状況だが、まあまずは外の世界に出て、どうアミの塔にたどり着くかを考えよう。」

 私は頷いたが、少し不満を抱いた。シェルドが先に外の世界の話をすることで、私にアミを救いに行くという計画の無謀さを示そうとしていることが、見え透いてわかったからだ。

「まず、呼吸によって有害化したエタナルーを体に入れないように、空気清浄機能つきで、首まで覆うことができる専用のヘルメットをかぶる。これが一番大切だ。そして、防護服を着る。ここまですれば、エタナルーが体内に入ることはないだろう。」

 意外にも簡単に外の世界に出ることができそうで、私は拍子抜けした。外の世界の地図が表示されていた画面から、シェルドの顔に切り替わった。私はシェルドをまっすぐ見つめて問うた。

「ヘルメットや防護服は、どこにあるの?」

「それはお前のお父さんが調査済みだ。地下倉庫にあると言っていた。」

 地下倉庫と聞いて、私はハッとした。父が殺されたのは、地下倉庫の中。そして、父は外の世界に出ようとしたから殺された。

「きっと、アルフは防護服を取りに行ったから、殺されたんだろうな。」

 シェルドは悲しそうに少し顔を伏せていた。私は、長年の謎が解けた気がして、少しすっきりしていた。父が外の世界に出ようとしたから殺されたのは分かっていても、なぜその思惑が秘書にばれたのかは、ずっと分からなかった。やっとすべての真実が明らかになって、少しほっとしている。

「そっか。じゃあ、僕は絶対に成功させないと。」

 独り言のようにつぶやくと、シェルドは少し顔を曇らせた。

「水と食料はどうしようかな。もうこの塔には帰らないつもりだから、ここにある食料を全部保存食にしてしまいたいのだけれど……。」

 私がそうきくと、シェルドは困ったように頭をかいている。何か問題があるのだろうか。私がじっとシェルドを見つめると、彼は照れくさそうに続けた。

「食材を長く保つ調理法があることは分かっているのだけど、俺は料理が本当に苦手でね。そういう知識はエディゴの方が豊富なんだ。エディゴの予定を聞いておくから、エディゴからその話は聞いてくれないか?」

 少し驚いた。私にとってシェルドはすべてを完璧にこなす人だったので、苦手なことがあると思っていなかった。

「わかった。」

 まさしく「師」であったシェルドが、すごく身近に感じて、私は少しうれしくて笑ってしまった。シェルドはそれを見て「何が可笑しいんだ。苦手なことの一つや二つはある」と頬を膨らませた。その顔が面白くて、私はまた笑った。気づけばシェルドも笑っており、さっきまでの厳しい表情は消えていた。

 ひとしきり笑った後、シェルドが手元の機械をいじりながら

「それじゃあ、俺は仕事に向かうよ。また何かわかったことがあれば連絡する。」

と言った。

「わかった。僕もアミに何かあったら連絡するよ。」

 そう言うと、シェルドは「頼んだ」と短く返事をした。

 シェルドがいなくなった画面を閉じて、アミと通話を始める準備を進めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る