第14話

 画面に映ったアミは、思ったより元気そうだった。肘から先は板状のもので固定されて、上から包帯が巻かれていた。顔や頭を腕で守ったのだろう、綺麗な顔は浮腫んですらなかった。

 私の顔を見るなり、アミは気まずそうに目をそらした。

「元気そうで良かった。」

 無意識に口からこぼれた言葉だった。アミは私の言葉に少し驚いていたが、しばらくして嬉しそうに微笑んだ。

「本当に、命があってよかった。」

 アミが言うと、重みが増す。

 とりあえず、今日の食事についてきいてみたところ、常備してある栄養剤を飲んだそうだ。どうやらアミは栄養剤を定期的に生産するように、機械を設定しているようだ。アミの塔にも養鶏場はあるようだが、アミの周りの機械は料理ができるほど高性能ではないらしい。アミは回復するまで栄養剤を飲んで過ごさなければならない。栄養剤を飲んでいれば、一日の最低限の栄養は摂取できるが、病人には不十分かもしれない。しかも、栄養剤は液体で腹にたまらない。味も三種類しかないので飽きる。回復するまで栄養剤のみは、結構つらいと思う。

「食事はとれているようならよかった。」

 そういうと、アミはため息をついた。

「ご飯には困らないのだけど、お風呂には困っているのよ。できれば毎日入りたいのだけど、お風呂場は階段を下りた先で、機械に運んでもらうのも怖いから、しばらくは体を布で拭うことしかできないのよ。」

 お風呂は毎日入りたいと聞いて、自分がいかに不衛生な生活を送っているかを思い知らされた。これからは二日に一度は風呂に入ろうと心に決めた。

「体を拭くだけでも、体はそれなりに綺麗になると思うよ。」

「歩けるようになったら、お風呂に入って思いっきり汚れを落とそう」と続けようとしたが、お風呂場が階段を下りた先なら、回復してもアミがそこに行けるかどうかは分からなかった。

「あと……排泄は大丈夫?困っていない?」

 重要な話だが、年頃の女の子にこんなことを聞くのは悪い気がして、私はアミの目を見ることができなかった。

「困っていないわ。トイレはベッドから遠くないから、機械に運んでもらっているの。」

 アミは私の様子など、一切気にしていないような様子で、さらさらと質問に答えた。

「それならよかった。とりあえず、生きるのに困らなさそうで安心した。」

 アミは顔を曇らせた。

「そうね、生きるのには困らない。後は私が、食事の飽きと体を洗えない不快感に耐えればいいだけ。」

「栄養剤なら、二つ一緒に飲めば味が変わるよ。」

 私は大まじめにアドバイスをしたつもりだったが、アミには笑われた。

「いくら飽きても、そんなことしないよ。おいしくなさそう。」

「いや、これが結構うまいんだよ。」

 そう言うと、アミはまた笑った。

「……ケイドがおいしいっていうなら、飽きて苦しくなったころにやってみようかな。」


 結局、その日はアミが寝るまで一緒にいた。後半はほとんど会話もなく、ただお互いにやりたいことをやっていた。気づけばアミが寝ていたので、私も通話を切って寝支度を始めた。


翌日もアミと通話していた。今日はシェルドがアミに必要な薬や食事を教えてくれるとのことなので、シェルドがやってくるのを待っていた。

 シェルドがやってきて、私たちの顔を見ると、穏やかに微笑んだ。

「二人とも元気そうで良かった。」

「早速だが、アミに必要な薬と、食事の話をしようか。」

 アミは少し困ったような笑顔を浮かべた。薬はどうにかなっても、アミの周りの機械は食事を用意できるほど高性能ではない。それをシェルドは知らないのだ。

 一通りシェルドが話し終えた後、アミは穏やかに笑った。

「アミ、今挙げた栄養補助食品は塔にあるか?」

 アミは目をつぶって、静かに首を振った。

「シェルド、そんなものはもうこの塔には残っていないわ。」

 シェルドが不安そうにきいた。

「食事は用意できそうか?」

 アミは首を振った。シェルドは肩を落とした。

「でも、大丈夫よ。栄養剤は毎日飲んでいるし、定期的に栄養剤は作っていて、尽きてしまうこともないから。」

 アミはまた穏やかに笑ったが、私にはもうその笑顔が諦めたような笑顔にしか見えなかった。栄養剤は生きるために必要最低限の栄養を摂取するもので、それだけ摂取していれば死ぬことはないが、体が弱っていたり、頭を使ったりする状況には不十分だった。機械で合成して作っているのもあって、心もとないものだった。栄養剤を飲むにしても、日々の食事は欠かせない。体に何か異常が起きている時こそ、薬や栄養補助食品が必要なのだが、これらは知識と資格のある者が機械で栄養素の配合を行って精製しなければならないものだった。人がいなくなって久しいアミの塔に、これらがないのも仕方がなかった。

「そうか、なら大丈夫だな。」

 そういいながらも、シェルドは栄養剤だけではやっていけないことが分かっていたのだろう。表情は少し曇っていた。


 シェルドは少し私たちと話をして、通話から出ていった。私はどうしてもシェルドと二人で話したいことがあったので、シェルドがいなくなってしばらくしてから、アミには風呂に入ると嘘をついて一度通話を切った。


 シェルドにどうしてもしたい話があるとメッセージを送ると、すぐに着信があった。

「どうしたんだ。」

「シェルド……。」

 私はまっすぐシェルドの瞳を見つめて言いたかったが、シェルドの反応が怖くて、頬のあたりを見るのが精いっぱいだった。

「アミの塔に行きたい。アミに必要な栄養補助食品は、僕の塔にはそろっている。それをアミに届けて、アミを介抱してやりたい。画面越しじゃなくて、ちゃんとこの体でアミの傍にいてやりたいんだ。そのために、どうすれば外の世界に出られるかを教えてほしい。」

 シェルドは厳しい表情で、私の言葉を受け止めていた。

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