第13話

 あれから、私は食事もとらずにベッドに潜り込んだ。しばらく頭の中に色んな考えがめぐって眠れなかったが、疲れてはいたので目をつぶっていればいつの間にか眠れていた。

 起きても何もする気になれず、授業の時間になってようやく体を起こす気になった。丸一日食事をとっていない状態で授業に集中できるかは不安だったが、胃に何か入れると吐いてしまいそうだったので、結局空腹のまま授業に出ることにした。

 通話の準備をしながら、今日アミと顔を合わせるのかと思うと、少し気が沈んだ。今日アミは授業を休んだりしてくれないかなと、我ながらひどいことも考えた。授業の間は二人で話すこともないのだが、なんとなく気まずかった。

 通話の準備を終えて、二人を待っていると、シェルドがやってきた。画面に映ったシェルドは不安そうな顔をしていた。

「ケイド、アミは来ていないか。」

 名前を出されるだけでも、少し気まずさを感じた。

「来ていないよ。」

「そうか……。」

 どう見ても何かあった様子だが、何かあったの?と訊くのもなんとなく嫌だった。何も気にしていないふりをしていると、シェルドから質問が飛んできた。

「昨日の夜から連絡が取れないんだ。何か知らないか。」

 昨日の夜は、まさに私とアミが通話していた時間だ。

「授業が終わってから、少し二人で話をした。そのあとのことはさっぱり分からない。」

「そうか、困ったな。」

 シェルドは、珍しく落ち着かない様子だった。短い髪をくしゃくしゃと掻いたり、唇をいじったりと忙しなかった。

「……そんな緊急の連絡だったの?」

 私の問いに、シェルドは一瞬冷静さを取り戻した。

「いや、そういうわけではないと思う。なにしろアミに連絡したのは俺じゃなくてエディゴだから、内容について詳しいことはよく分からないのだが。」

 エディゴがアミに連絡することが不思議だった。あの二人にそこまでつながりがあるようには見えなかった。私の知らないところで、実は密に連絡を取り合っていたのだろうか。

「緊急の連絡じゃないのなら、そんなに動揺しなくてもいいんじゃない?」

 冷静に言うと、シェルドは不安感を一層深めた。

「アミの体に何かあったかもしれないだろう。お前たちのように一人で暮らしているやつは、何かあってもそれを他人に伝えることができないから、知らぬ間に大変な目にあっていたりするんだ。」

 シェルドは、私の父やアミの母のことも交えて言っているのだろう。確かに、シェルドは私が連絡するまで父が死んでいたことすら知らなかった。連絡がないということは、相手が死んでいる可能性もあるのだ。特にシェルドは、私の父やアミの母が、自分の知らぬ間に亡くなっていたことがあったから、余計に心配になるのだろう。

 連絡がつかないアミをシェルドはひどく心配していたが、私は大して心配などしていなかった。私と話し終えた後、ふて寝でもして、エディゴのメッセージに気づかなかったのだろうと考えていた。

「そんなに心配しなくてもいいと思うよ。まだ連絡を待つ時間でもいい。明日になっても連絡が来ないようなら、また考えようよ。」

 シェルドを落ち着かせるように言うと、彼は胸に手を当てて深呼吸をした。

「……ありがとう。ケイドのおかげで少し落ち着いたよ。本当にアミの身に何かあった時のために、準備をしておく必要はあるだろうが、こんなに慌てふためく必要はないな。」

 そう言ってシェルドは笑ったが、その笑顔は少々引きつっていた。その後シェルドは資料を広げたが、何度も何も見えていないような目をしていた。何度も口を開きかけ、その度に言葉が出ず、ついにシェルドは大きなため息をついた。

「ケイド、申し訳ないが今日の授業は休みでもいいか?アミの無事を確認できないと、落ち着いていつものように授業ができる気がしないんだ。」

 私は頷いた。そう簡単に落ち着けるものでもない。こんなに動揺しているシェルドに説明されても、頭に入る気がしなかった。

「ありがとう。アミの無事を確認するために、今できることはすべてやってみるよ。」

「無事を確認できたら、教えてほしい。」

 あまり意識せずに出た言葉だった。アミのことはそこまで心配していないし、今日は顔を合わせたくない気分だったが、なんやかんやで私もアミのことが気にかかるのだろう。

 シェルドは「当たり前だ」と言って、笑顔で画面から消えた。この笑顔は自然に出たものだろう。

 

 真っ暗になった端末の画面をふせて、私は立ち上がって部屋を出た。立ち上がったはいいが、自分でも何をするつもりなのかよくわかっていなかった。ただ、漠然と何かをしていないと気が済まなかった。部屋の外でうろうろしているのも秘書に不審がられるので、私はとりあえず食堂に向かった。

 食堂で、鶏を人工調味料で味付けして焼いた簡素な料理を黙々と口に運ぶ。大して味がしない。食べながら、辛みを加えてみたり、もう一度焼いてみたりしたが、あまり味や食感の違いは分からなかった。

 その後は部屋に戻ることなく、まっすぐ風呂場に向かった。最後に風呂に入ったのがいつだが思い出せないくらい、風呂に入っていないことに気づき、流石に入らなければいけないと思った。秘書もしばらく洗ってやれていないような気がしたが、今日の私に秘書の体まで洗ってやれるほどの気力はなかった。

 久しぶりに風呂に入ると、体や心のいらないものがすべて洗い流された気がして、心身ともにすっきりした。ようやく部屋に戻る気持ちになれたので、服を着替えて髪を乾かして、部屋に戻った。


 端末の電源を入れると、シェルドからメッセージが届いていた。

「アミから連絡がきた。とりあえず無事ではあったが、色んな問題が発生している。直接説明したいから、このメッセージを読んだらこちらに連絡してくれ。」

 アミは無事だった。それだけで安心したが、色んな問題とは何だろう。私はすぐに通話の準備をして、発信と書かれた部分を軽く指で触れた。ほんの少し呼び出し音が鳴った直後、画面にシェルドの姿が映った。

「ケイド、メッセージでも書いたが、アミは無事だった。でも、彼女は重傷を負っている。」

 重傷、その言葉を聞いた途端、心臓の鼓動が速くなり、体に心拍音が響くのを感じた。

「落ち着け。アミは階段から落ちたらしく、骨を何本か折っている。確かに重症だが、命にかかわるケガではない。」

 それを聞いて、私は深くため息をついた。肩や背中の力が抜けていくのを感じる。私の様子をみて、シェルドも安心したように微笑んだが、すぐに表情を曇らせた。

「ただな、アミは人より骨がやわらかい体かもしれないんだ。アミの母親、リリカは骨がやわらかい体で、脚が少し変形していた。アミもその体質なら、これは単なる骨折では済まされない。」

 胸の底から、不安感わいてきた。

「……治るの?」

「塔の中に医者がいたら、はっきり治ると言えたかもな。俺もエディゴも、医術をかじっているわけじゃないから、よくわからないんだ。」

 不安感が恐怖に変わった。自分も同じ状況になり得ると思うと、たまらなく怖かった。

「医者でなくても、介抱してくれる人がいてくれればいいのだが……。……今は機械たちが食事を運んだりしてくれているそうだが、機械では至らぬ点も多い。もし、アミがリリカと同じ体質なら、骨を強くするための食事や、薬を用意しなければならないだろう。知人の医者に薬や食事のことは相談するつもりだが、アミの塔にいる機械が医者の指示にあった食事や薬を用意できるほど高性能なのかは分からないし、そもそもアミの塔に薬が残っていない可能性もある。今は元気そうだったが、いつまで続くかは分からない。」

 最後の言葉を聞いて、全身の力が抜けた。よろけるように背もたれにも絶えかかり、浅く息をする私を見て、シェルドはさらに顔を歪ませた。

「……もう一つ、問題がある。アミの精神面だ。」

 シェルドは涙声になりながら続けた。

「あいつの母親は、階段から転落して死んでいる。」

 言葉が出なかった。

「リリカの場合、打ちどころが悪く即死。今回アミも同じように階段から落ちたが、命があるだけ本当に良かった。このままうまくいって、アミが歩けるまで回復したとしても、階段がトラウマになっているだろう。アミの住む塔のエレベーターは壊れている。そんな環境で、階段を利用せずに一人で生きていくのは難しい。治った後のことも不安だが、治すまでの期間が一番心配だ。体が弱っているときに独りでいると、精神的に弱ってしまう。弱りきった精神状態では、治るものも治らない。ますます、アミの傍に誰もいてやれないことが憎い。」

 しばらく呆然としていたが、思いついたことがあった。

「アミが治るまで、僕が傍にいます。ずっと通話をつなげていれば、顔も見れるし、孤独で精神的に弱ることはないでしょう。」

 まっすぐシェルドを見つめる。

「確かに、そうしてくれると安心だが……。」

 シェルドは不安そうに私を見るが、私は本気だった。私の目をみて、シェルドにもそれが伝わったのだろう。

「じゃあ、アミのことを任せるよ。」

「……早速アミに連絡してみるよ。」

 シェルドはなぜか少し困ったように笑った。

「頼んだよ。俺は医者の知人に連絡を取ってみるよ。」

 そう言って、シェルドは画面から消えた。私はアミにメッセージを送ろうとしたが、ここで私とアミの昨日のやり取りを思い出し、急に気まずさがわいてきた。しかし、この緊急事態でそんなこと言ってられない。私は気まずさを振り切ってアミにメッセージを送った。

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