第7話
授業が終わり、画面に映っていた資料が片付けられ、三人の顔が画面に表示されていた。
「親睦会といえば、これだよな。」
シェルドが何か取り出した。取り出したものは通話器具に触れていないので、私とアミには見えていなかった。私たちの困惑を察したのか、シェルドは耳から通話器具をとって取り出したものにあてた。すると液体が入った瓶が画面に表示された。
「シェルド、なにそれ?」
シェルドはにやっと笑った。
「酒だよ。」
私とアミは同時に声を上げて驚いた。
「お酒って高級品でしょ?そんなもの飲んでいいの?」
「知り合いに葡萄を作っている人がいるから、売り物にならないような葡萄を酒にした葡萄酒を安く譲ってもらったんだ。高級品だけど、そこまで高くつかなかったよ。」
塔の中で果物を育てていることが、私には衝撃的だった。お酒を器に少しずつ注ぎながら、シェルドは上機嫌に言う。
「人に飲まれるために作られたものだからな。飲んでやらないと、それこそもったいない。薄めて飲めばしばらくはもつ。」
器に水を注ぎ、棒でくるくるとかき回している。濃い赤紫色の葡萄酒は、水を注がれて透けた紅色の液体に変わっていった。その様子を見ていると、私も何か飲みたくなってしまい、水を汲んできてしまった。水の入った器に通話器具をあて、画面に目を戻すと、アミも同じように飲み物を用意していた。
「それじゃあ、乾杯。」
シェルドが器を高く掲げたので、私も同じようにした。乾杯、本で見たことはあったが、したことはなかったので、なんだか少しうれしかった。水も、いつもより少しおいしく感じた。
「乾杯するのは初めて……という感じか?」
「うん……。」
私が答えると、アミもうなずいていた。それを見て、シェルドはほほえんだ。
「経験できてよかったじゃないか。」
お酒を美味そうにのむシェルドを見ていると、私も酒を飲んでみたくなった。
「お酒……僕も飲んでみたいな。どうやって作るの?」
そういうと、シェルドは険しい顔をした。
「ケイド、お前いくつだ?」
急に年を聞かれて困惑した。
「えっと……十七歳。」
シェルドは少しうつむいて「そんなに若かったのか」とつぶやいた。なぜだかわからないが、その言葉は私に向けられたものではないような気がした。誰に対しての言葉なのか聞いてみようとしたが、口に出すのをためらってしまった。
「アミは?」
「十六歳。」
「そうか、お前らまだ成人していないんだな。酒は成人を迎える十八歳になるまで飲んではいけない。そう仮国共通法で決まっているんだ。」
アミは首を傾げた。
「なんでそんな法律があるの?お酒は高級品だから、子供には早いっていうこと?」
アミの質問に、シェルドは満足げにうなずいた。
「規則に対して、そういう疑問を抱くことは大切だ。その規則がある意味を考えずに、規則だから守らなければならないと思いこむと、自分で物事を考えない空っぽの人間になるからな。」
「質問にお答えすると、酒っていうのは大量に飲むと脳や体に悪影響を及ぼす。子供に与えると成長に影響がでるから、というのが一般的に言われている、この法律がある理由だ。もちろん、高級品だから大人が独り占めしたいという気持ちもあるかもしれないが。」
アミは「ふぅん。」とつぶやいた。少々納得していない様子だった。
「シェルドは、いくつなの?」
ふと気になったことを聞いてみると、シェルドは少し恥ずかしそうに答えた。
「俺は三十二歳だ。」
私とアミは声を上げて驚いた。容姿だけでは、とても三十を過ぎている様には見えなかった。まだ二十歳くらいに見える。
「何が言いたいのかはわかっているよ。そんな歳には見えないだろ。俺は昔から童顔なんだ。」
シェルドはそっぽをむいて酒を口に含んだ。というよりかなり羨ましかった。画面に表示されている私の顔は、とても十七には見えない。不規則な生活で刻み込まれた目の下のクマ、重い瞼のせいで不機嫌そうにみられる。むしろシェルドより年上に見えるくらいだった。
「隣に並ばれると私が老けて見られるから、並んで歩かないでほしいと、妻にはよく言われるよ。」
ため息交じり吐いたシェルドのつぶやきに、アミは目を輝かせた。
「ねえ、シェルドの奥さんってどんな人なの?どうやって出会ったの?」
アミの食いつきにシェルドはため息をついた。
「お前ら母娘はそういう話が好きだなぁ。あんまりおもしろい話じゃないぞ。」
「シェルド、僕も気になるから話してほしい。どんな話でも、僕らにとっては全部新鮮だから。」
シェルドは一瞬こちらを見た。その瞳に少しの哀れみがあるのを感じながら、私は微笑んだ。シェルドはアミに視線を移したが、アミの目の輝きに押され、ため息をついて、しぶしぶ話し始めた。
シェルドの話は面白かった。さわやかな顔立ちのシェルドは、女性から言いよられることも多かったそうだが、シェルドには一途に思い続けている人がいたため、すべて断っていた。羨ましい限りだ。シェルドが惚れこんでいた女性は、別の男性に惚れていて、シェルドはその女性を振り向かせるのにとても苦労した。酒も回ってきたのか、振り向かせるためにどんなことをしたのか事細かに説明してきた。理にかなっているものもあれば、突拍子もないものもあった。シェルドは私に「今後の参考になるかもしれないぞ」と笑いながら言ったが、私に今の話が活かされる時が来るのだろうか。
色々手を尽くしていたそうだが、シェルドの努力は実らなかった。その時は少し自暴自棄になっていたそうだが、幼馴染がシェルドを支えた。その後、シェルドは幼馴染と付き合いだした。失恋のさみしさを埋めるために付き合った面もあったので、長続きさせる気はあまりなく、自分がしていることは最低な行いだとわかっていたとシェルドは言う。しかし、付き合ってみると、彼女を魅力的に感じるようになり、シェルドにしか見せない表情をたまらなく愛おしく思うようになり、いつの間にか彼女なしでは生きられないと思うほどに惚れこんでいた。
「その時の彼女が、今の俺の妻だ。」
シェルドが一通り話し終えたとき、一つの恋愛小説を読み終えたときのような穏やかな気持ちが身を包んだ。
「すごい。小説みたい。」
シェルドは照れ笑いを浮かべながら顔の前で手を振った。
「いや、よしてくれ。そんな綺麗なものじゃない。俺は妻を、一時でもさみしさをうめる女のように扱った男だ。今はそれの償いということで、彼女の尻に敷かれているよ。」
まるで自ら尻に敷かれたかのような言い方に笑ってしまった。
「きっかけはどうであれ、今が幸せならいいじゃない。」
アミは笑いながら言った後、にやりと笑った。その笑顔が今まで見たことないほど悪人顔で、私は少しぞっとした。
「こんなこと言ったら失礼になるかもしれないけど、シェルドの奥さん、シェルドが失恋したときにわざとすり寄ってきた可能性もあるんじゃない?」
シェルドは少し目を大きくした。
「その通り。後から聞いたら、俺の失恋をチャンスだと思ったって言っていたよ。アミがそれを見抜くなんて驚いたよ。当時の俺は気付けなかった。やっぱり女性同士にしか見抜けない技っていうのもあるもんだなぁ。」
器の酒を飲み干すと、シェルドは画面の私を器で指した。
「でもな、そういうことはこの初々しい男子の前で言うことじゃないぞ。見ろよ、ケイドが震え上がっている。」
急に話を振られて驚いた。確かに、人々はそんなことを考えながら恋愛をしているのかと思うと、自分はやっていけない気がした。自分と同じように、一人ぼっちで生きてきたアミが、その思惑を見抜いたことには、少しの恐怖心を抱いていたのも事実だったので、苦笑して「ちょっと怖かった」とつぶやくと、シェルドは笑った。
シェルドの恋愛話を聞いて、ふと自分の親の恋愛話は一切聞いていなかったこと思い出した。両親が生きていた頃は、親の馴れ初めなんて聞きたくないと思っていたが、いなくなると聞いておけばよかったと後悔する。私は、本当に親のことについては何も知らない。聞いてはいけない気がしていたし、今聞かなくてもいいだろうと思っていた。本当にバカだった。画面の中で酒を飲んでいるシェルドを見ながら、親とこういうことをしたかったと強く思った。
「僕に恋愛なんてできるかな。」
あふれ出てきた後悔と、今はどうにもできない気持ちをごまかすために、自分の方に意識を向けようとした。飲み物を飲んでいた二人の視線が自分に集まる。
「いつかできるさ、心配しなくてもいい。もうお前は一人ぼっちじゃない。これからたくさんの人とつながりを持つことだってできる。」
シェルドにそう言われて、涙が出そうになった。ごまかすために水を飲んだが、目頭に涙がたまっていた。
「たくさんの人とつながりを持つ前に、正しい知識を身につけ、間違った情報に惑わされない人間になる必要がある。そのために、明日も授業を行うよ。」
付け加えられたシェルドの言葉に、アミは苦虫を嚙み潰したような顔をした。その反応が面白くて、いつしか涙も引っ込んでいた。
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