第6話
部屋から出ると、いつものように長椅子に座って待機していた秘書が立ち上がった。この長椅子は彼女が充電できる唯一の場所だ。私が部屋から出て行動している間、彼女は私に付き添って監視し続けなければならないので、私が部屋にいる間はずっとここで充電している。
「お食事ですか?」
「……ああ」
「今朝、養鶏場の鶏が一羽亡くなりました。捌いてあるので、よろしければお召し上がりください」
「ああ、わかった」
少し、秘書の話し方に違和感を抱いた。これまで秘書の話し方は、機械とは思えないほどなめらかで、父や母の話し方と何ら変わらないと思っていた。しかし、シェルドと通話するようになってから、改めて秘書の話し方や声を聞いてみると、声は生気がなく人工的で、話し方に間が少ない気がした。
「死んだ鶏は雌か?」
「いいえ、雄鶏です」
「そうか、雄鶏は身が固いな……」
他愛のない会話で、私は秘書の話し方の違和感を確かめた。気のせいではなかった。やはり、秘書の話し方は人間とは少し異なる。秘書は機械なのだから、当たり前のことだが、この違和感に今まで気づくことができなかった事実は、胸にもの悲しさを残した。私は今日も、自分の置かれている環境を呪った。
卵をとって調理場に行くと、既に捌かれて切り分けられた鶏肉が置かれていた。すべて食べきれないので、少しとって残りは冷凍庫に入れておいた。
料理するといっても、調味料で味をつけて焼くだけである。水は貴重なものなので、料理に使えない。調味料も人工的に生成したものなので、それなりに種類があっても全部同じような味に感じる。こんな食事なので、うまいと思うこともあまりない。味気の無い食事ばかりで、食事に楽しみを見いだせなかった。誰かと一緒に食べれば、食事も変わるのだろうが、それは依然として叶わぬ願いであった。
鶏肉に調味料をもみこんで、熱した鉄板で焼く。ただそれだけだが、今日は頑張った後なので、美味しいご飯が食べたかった。少しでもおいしく食べられるように工夫して調理することにした。鉄板の温度を高めに設定して、鶏肉の皮を鉄板に押しつけて、皮の表面がカリカリになるように焼いた。香ばしい香りが調理場を包む。卵も、今日は白身と黄身を混ぜずに、殻を割った姿のままで焼くことにした。熱しすぎると固くなってしまうので、箸でつつくとプルプルゆれるくらいの固さで皿に移した。
焼きたての鶏肉を食べると、舌をやけどした。カリカリに焼かれた皮と、固いが肉の味をしっかりと感じられる身がたまらなく美味かった。焼いた卵もかぶりつくと、黄身がトロッとあふれて口の中に広がった。久しぶりにうまい飯を食べた。
我ながらうまくできたので、誰かにこの料理を食べてもらいたかった。あたりを見回しても誰もいない。私はその気持ちをそっと押し殺した。食事を楽しむ気持ちもいつの間にか消え失せて、私は黙々と鶏肉を口に運んだ。
シェルドの授業を受け始めて、一年が経った。最初は私もアミも緊張していたが、徐々に慣れていき、最近はちょっとした雑談も交えながら授業を受けている。雑談といえども、シェルドの話はどれも私たちには新鮮な話なので、世界を知ることができると考えれば、雑談も授業の一環のようなものだった。
授業の時間になると、私は誰よりも早く通話の準備を終えて、二人を待つ。私の次にやってくるのはシェルドで、少し遅れてアミがやってくる。
今日の内容は、地上時代の歴史、文明が現れたころの話だ。シェルドが用意した資料を画面に表示しながらシェルドの解説を聞く。今日は私もアミもまじめに聞いているので、シェルドも雑談をすることなく、淡々と話しながらも大事なところは強調して、授業を進めている。
「ん?……ああ、わかった。ケイド、アミ、ちょっと待っていてくれ」
突然、シェルドが横を向いて誰かと話し始めた。通話するときに必ず耳につけている器具を片方外した。私はアミと顔を見合わせて首を傾げた。
「……ここは、この式を使って……。そう、それをどう使う?……そうだな」
シェルドの声は聞こえるが、話している相手の声は聞こえなかった。
「よくできたな。……そうだよ。お前も見るか?」
シェルドが何もないところに手を当てた。すると、そこに幼い女の子が現れた。
「え?」
声をあげると、シェルドの方を向いていた女の子がこちらを向いた。
「かわいい……」
アミが小声でつぶやいた。確かにシェルド隣に映る少女は美しかった。零れ落ちそうなほど大きな瞳は、蒼かった。光をはじいている銀髪は絹のように見えた。目が合った瞬間、少女は声を出した。
「この人がお父さんの仕事仲間?」
「教え子だよ」
「お父さん」と呼ばれて答えたのはシェルドだった。今まで見たことがないような穏やかな表情をしている。
「ほら、ご挨拶しなさい」
シェルドに促されて、少女は緊張した様子で
「三級国民学校一年、マリアです。よろしくお願いします」
と挨拶した。とっさに自分も返さなければと思ったが
「ケイド・ルーヴェです。こちらこそよろしくお願いします」
としか言えなかった。
「アミです。よろしくお願いいたします」
アミは優しく温かい微笑みを浮かべながら、自己紹介をしていた。あまり私たちには見せない表情だった。
私の方を見て、マリアは首を傾げた。
「あれ?……女の人だと思ったけど、もしかして男の人?」
それを聞くなり、シェルドは腹を抱えて笑った。アミも顔をそらし、口元を隠していたが、こらえきれない笑いが体の震えに出ていた。私は自分が女性だと思われていたことに、困惑や恥ずかしさを感じて、何も言えなくなっていた。よく考えると、私は母が使っていた髪留めで長い前髪を留めて、後ろの髪も肩まで伸び切っている、頭だけ見たら確かに女性的な見た目をしているのかもしれない。
隣で大笑いしている父親を見て、マリアは頬を膨らませた。
「もう!お父さん!何がそんなに面白いの?」
「悪い、悪い」
シェルドは笑いながら手を振った。そんな二人を見ていると、こちらも穏やかな気持ちになれた。
「アミさんは綺麗だね。黒髪、エディゴと一緒だ」
マリアはアミに視線を向けた。少女に褒められて、アミは照れくさそうに笑った。
「ありがとう。かわいい子にそんなこと言われたら照れちゃう……」
頬に手を当てて、照れくさそうに笑うアミを見て、私にそう言われたときはそんな反応しなかったのに、と思わずにはいられなかった。不機嫌が顔に出ないように口角をあげた。
不意に二人が何かに気づいたように後ろを向いた。私とアミには何も見えないし、聞こえない。
「マリア、お母さんが呼んでいるぞ。行ってこい」
「うん。お父さん、教えてくれてありがとう。アミさん、ケイドさんまたね」
と言って、マリアは耳のあたりを触った。その瞬間、マリアは画面から消えた。
マリアがいなくなって、急に静かになった。シェルドは耳に通話用の機器を取り付けている。
「これをつけている人だけが通話に参加することができるんだ。これをつけていないと、相手に声が聞こえないし、顔も映らないし、相手の声も映像も届かない。話の内容を部外者に知らせない。こいつは意外と優れモノなんだ」
一年間、シェルドと通話するときに必ずつけていたこの機器は、そんな役割を持っていたらしい。部外者どころか、周りに人間のいない私やアミにはあまり必要のない機能だった。
「お前たちに娘を紹介するのは初めてだったな。人形のようにかわいいだろ」
マリアを人形と例えることに違和感を抱いた。確かに彼女は美しかったが、生気に満ち溢れ、美しいが生気を感じられない人形とは、むしろ対を為す存在のようだった。
「それ以前に、シェルドが結婚していたことすら知らなかったから、急に娘さんが出てきて驚いたよ」
そういうと、アミも大きく頷いた。
「シェルド、自分の話はほとんどしてくれないからね。授業中の雑談も、シェルドの周りの人の話が多いよね」
「ああ、それすらも話したことがなかったか。……思えば、こうして面と向かってやりとりしているのに、お前は俺のことをほとんど知らないし、俺もお前たちのことをあまり知らないな」
気づくのが遅くないかという言葉が喉まで出かかった。
「今日の授業が終わったら、少し話をしようか。ずいぶん遅くなったが、親睦会をしよう」
シェルドの笑顔は少年のようだった。
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