第七話 変化

霧智きりさとは拒絶された。

赫賀谷あかがやは首を横に少し動かしただけで霧智と目を合わせるような事はしなかった。霧智は驚きと共に理解した。

と。

いつも、いや前までは赫賀谷は頼めば、言い方は悪いだろうがなんでもやるようなお人好しだった、というのが霧智の印象。

赫賀谷は自分の意見を淡々と述べ、こちらの意見を拒否した。

前はそんな事なかった。

そう前までは………………………………………………………………………………。



















二〇二二年、霧智きりさと達は新宮町に再建された第四中学校だいよんちゅうがっこうに入学した。

宮町崩壊事件みやまちほうかいじけんで殆どの建物が崩れたが、今の能力技術・建築技術の発達により、大半が復旧した。

更に街の方にはビルやデパートなども増え、旧宮町よりも活気を帯びるようになった。

周りもその時の絶望を感じさせない入学への喜びと将来への期待で埋め尽くされていた。

めぐみ〜、こっちを向いて〜」

「はいはい」

「俺が撮るぞ!はいチーズ!!」

霧智は家族に誘われ『入学式』という看板の前で写真を撮る。

少し気恥ずかしい様にしているが、満更でもないようだった。

何枚かを撮り終わり、写真を眺めていると隣を一人の生徒が通る。

こちらをチラッと見て、そそくさと昇降口に向かっていた。

その男子生徒に霧智は疑問を覚えた。

殆どが中学の入学式ってことで、家族と一緒に来ているのにその生徒は一人。

先に入学式会場にいるのかと霧智は思い、両親に一先ひとまずの別れを告げ、教室に向かった。

教室に入り、すぐに席を確認し座る。

入学式前は緊張からの興奮からか騒がしい。

霧智もせっかくの中学を台無しにしたくないので、隣の女子生徒へ声を掛ける。

その女子生徒は初対面なだけあって、敬語になっていたが、途中からはお互いの事がよく分かったからか、タメ口になり会話が弾んでいった。

「ねえねえ、いきなりなんだけどさ。私もう気になる人出来ちゃった」

「本当にいきなりね。ていうか早いわね」

「ほら、あそこ」

発言に戸惑とまどいながらも、霧智は女子生徒の指をさす。

指をさされた先には本を読む男子生徒がいた。

確かにその男子生徒はイケメンと呼ばれる類で、女子からもモテるようなオーラを放っていた。

人によっては一目惚れするだろう。

「ん?」

「もしかして……そういう事?ライバル出現ね……」

決してそういう事ではない。霧智はその男子生徒を見たことがあったのだ。

ついさっき、自身の隣を通っていった生徒。

特徴的だったので記憶に残っていたのだろう。

まさか同じクラスになるとは思っていなかった。……時間が経つのは意外にも早い。その後担任になる先生が入ってきて、入学式に向かう。

一番前にあの男子生徒(イケメン)が並ぶ。

このことから男子生徒の名前は「あ」から始まることは確定と言えよう。

霧智達は体育館に向かう。その間も周りはシーンとしていた。

緊張から話さなくなったのだろう。入学式というのは霧智にとってでは初めてという感覚だった。

もちろん小学生の頃に入学式はした。だがそれは約六年も前の話だ。

霧智は小学生低学年の時の記憶は曖昧あいまいだった。

だからこそこの中学の入学式は新鮮なのだ。体育館に着き、新入生である霧智達が入場する。

会場には保護者・在学生からの拍手が起こる。

保護者はそれと同時にこちら側にカメラを向ける。

動画だか写真か分からないが、思い出作りの為だというのは分かる。

霧智も自身の親を見つける。カメラを向けて来るので、緊張をしているが口角が上がってしまう。

霧智達は席に座り、校長先生の話とかを聞く。

校長の話は正直に言って、覚えていない。

委員長気質の霧智でさえも、校長先生の長い話には嫌気が差す。

入学式を終え、教室に戻る。これから始まるものはある程度予想できていた。

クラスの一人が言った。

「暇だし自己紹介とかしね?」

同意しない人はいなかった。

霧智としてももっと多くの人とも交流したいと思っていた。

「出席番号順でやるか!!」

出席番号順。みんなが本を読んでいた噂の男子生徒を見た。

その視線に気づいたのか、本に栞を閉じ、立ち上がる。

霧智の隣の女子生徒は目を輝かせて、彼の自己紹介を待った。

男子生徒はワンテンポ置いて口を開く。

赫賀谷真空あかがやしんくう。よろしく」

それだけを言い終えて、再び本を読み始める。趣味なども言わず名前だけ。

ただ名前だけを言って終わった。

次の人はあまりの短さに驚きながらも、自己紹介を始めていた。

赫賀谷は自己紹介など興味ないかのように本を読み進めている。

実際興味ないのかも知れない。ついでだが女子生徒には好印象だった。

「クールな一面がいい!!」らしい。霧智にはよく分からないものだった。

それから日にちは過ぎて、霧智は赫賀谷あかがやとのコミュニケーションが出来る機会が出来た。一ヶ月に一度の席替えだった。赫賀谷は窓側の一番端に。

霧智はその隣。うわーーー!やまじかよ!!みたいな声が出ていた。

くじ引きで決めていたので、そうなるのは当然といったら当然だ。

霧智にしてみれば前でも後ろでも授業が受けれればどこでも良かった。

席を交換し、これお互いが隣の席になった。赫賀谷は相変わらず本を読んでいた。

隣の人が変わったのにも興味を示していなかった。霧智は意を決して声をかける。

「……これから隣だけどよろしく」

「……………………ああ、よろしく」

「えっと、何の本を読んでるの?」

「……………………さあ?」

「……もう学校には慣れた?」

「……………………ああ」

赫賀谷はこちらを向かず、ずっと本を読んでいた。質問への回答も淡々としていた。会話はすぐに終わってしまった。霧智はこの間に気不味さを感じる。

当の本人は全く気にしていなかった。

前回隣になった女子生徒も赫賀谷に声を掛けていたがこんな感じで玉砕していた。

それでも「それもまた良き」と言っていた。彼女にはMっ気があるらしい。






月日が流れ、文化祭の準備期間。

霧智きりさと達のクラスがやることになったのはお化け屋敷。

有りがちと言えば有りがちだが、中学初の文化祭なのでそういう事は当時考えていなかった。霧智は当たり前のようにクラスの代表として働いていた。

だからこそ霧智の仕事は多かった。

その日は相方もいなかったので、仕事が立て込んでいた。

誰か手伝ってくれる人はいないか探しているが皆自分の仕事で手一杯そうだった。

そんな中、一人だけ水を飲んで休憩している人がいた。赫賀谷真空だった。

でも赫賀谷あかがやはあんな感じだ。素直に引き受けてくれるか、心配だったが、断られるのを覚悟して霧智は声を掛ける。

「あの……赫賀谷君。出来ればこの仕事を手伝ってくれないかな?」

「…………………………」

赫賀谷は水を一口飲み、ボトルの蓋を閉じる。

「……

「……忙しかったよね。ごめん……え?」

「で?何をすればいい?」

「えっと、これを持ってきてほしいんだけど……」

赫賀谷は手にあった資料をひったくり、その物を取りに行った。

数秒霧智の中の時が止まった。まさか引き受けてくれるとは思わなかった。

それと同時に赫賀谷の考える事が全く分からくなった。

しばらくして赫賀谷は物を持って、教室に現れた。

荷物は結構重いはずなのに、

数日後、文化祭は無事に成功した。放課後、皆で打ち上げをすることになったが、赫賀谷は参加しなかった。それを悲しむものも多数いた。

対する霧智もこういう機会で仲良くなろうとはしたが、全部無駄足だった。









更に月日が立ち、中二。

中二でも霧智きりさと赫賀谷あかがやと同じクラスになった。

前のクラスではほとんどの生徒と仲良くなったのに、赫賀谷だけ仲良くならなかったのが心残りだったので、霧智にとっては丁度良かった。

「また仕事をお願いできる?」

「……また?…………ああ」

「?じゃあこれを」

「…………」

霧智は時々赫賀谷に仕事を頼む関係程度にはなった。

一緒にやる仕事もあったが、その時は一つも会話すること無く終わった。

霧智はこういう関係だからこそ分かった。赫賀谷は基本合理的なのではと。

で、無駄な話をしなかったり、他の人の名前を覚えなかったりと。

だがその中でも少し人を思いやる心はある。

そうでなきゃ霧智からの仕事を手伝おうとは思わないし、誘われても断っているはずだ。

。中途半端な心を持っているのではと。その事がよく分かるのはとある中二の夏の日だった。







夕日が体に照りつける。日焼け止めが切れていたので、コンビニで買おうとしていた。でもそのコンビニには少々いや大変面倒くさい輩が三人たむろっていた。

「……で、そいつ逃げながら「助けて〜」って泣きながら言ってんのよ!」

「ギャハハハは!情けねえな!そいつ!」

「流石っすね!先輩!」

とある他校の不良がコンビニの入り口で固まっていた。

コンビニに行こうとしている人もアレでは中に入れない。

ある会社員がコンビニに行こうとしていたが不良達を見て、Uターンをして他のコンビニを探しに行った。

コンビニの店員もオドオドしていて、注意出来るような状況ではなかった。

霧智きりさとは自身の正義感に従い、不良達に注意しに行く。

「あの、そこ邪魔なんですけど」

「ああん?どこにいようと俺達の勝手だろ?」

「それでも困ってる人がいるので……」

「ていうかこの娘可愛くね?」

一人の不良が霧智の腕を掴む。霧智は能力者であるが、植物を育てる程度しか出来ないし、能力を人に対し行使するのは罪に問われる。

小さい頃に柔道じゅうどうをやっていたが、今では筋肉がおとろえているので、あの時の動きも再現できない。

男たちに腕を掴まれて、振りほどくことも出来ない。

でもその時だった。

「邪魔」

「あん?んだおま……」

「邪魔」

「お前には関係……」

「邪魔」

赫賀谷あかがや君……!」

そこに赫賀谷が介入してくる。赫賀谷はずっとコンビニの扉を見ている。

霧智の方などお構いなしらしい。

「邪魔」

「んだ。こいつ気持ちわりぃー」

「少し痛めつければどっか行くでしょ!!」

一人の不良が赫賀谷の頭目掛けて、拳を振るう。

赫賀谷は首を横に少し傾けて避けて、すぐさまその不良の脇腹にカウンターを入れる。

よろけた瞬間、掌で相手の顎を思い切り上に上げる。不良は衝撃で横に倒れる。

「い、痛え……」

「てんめえ……!」

霧智の腕を掴んでいた男は霧智を乱暴に放り出して参戦し、同じ様に赫賀谷に腕を振るうが、その腕を隣にいたもう一人の不良にずらし、その場を動かず制圧する。

二人は勢いのまま、最初に倒れた男の所に倒れた。

「「「ぐふっ!!」」」

一瞬にして不良達を制した赫賀谷はコンビニの中に入ろうとした。

男たちも諦めが悪い。一人の男が後ろからの奇襲を仕掛けた。

霧智は目の前の状況に頭が追いつかず、声をかけることすら出来なかった。

でも後から声など掛ける必要なんてなかった事を知る。

男が殴る姿はコンビニの扉の鏡に反射していた。

赫賀谷は来た腕を可動域とは反対側に曲げる。

男は「があああ!イッテ……」。その言葉を言う前に赫賀谷が後ろ飛びりを食らわせ、全てが終わった。

赫賀谷は何事もなかったようにコンビニで買い物を始めた。

コンビニの店員も戸惑とまどっているようだった。

「ご、合計七五六円です……」

「………………」

「またのご来店を……」

不良達は半べそを書きながら「助けて〜」と言いながら逃げていった。

「あの……ありがとう」

「……なんのことだ?」

「さっきの……痛っ」

霧智の腕には切り傷ができていた。放り出された時にできたらしい。

赫賀谷はそれを見て帰るかと思いきや、コンビニ戻っていった。

コンビニから出てくると絆創膏と消毒液を霧智に渡す。

「………」

「えっと……」

赫賀谷はそのまま帰ってしまった。

これが赫賀谷が半分合理的だと思った理由である。

そのまま帰ればよかったのに、わざわざ絆創膏等を買ってきてくれた。

霧智は嬉しく思い、同時に悲しくなった。

後日感謝を伝えると「ああ……」とだけ言い、いつもの日々が始まった。


中三。

またまた霧智きりさと赫賀谷あかがやと同じクラスになっていた。

これもなにかの縁かと信じて、仕事を任せようとした。

「またまたお願いできる?」

「え……ああー……分かった」

「…………じゃあお願い」

「おう」

その反応に驚いた。いつもなら「……ああ」と殆ど即答していたのに、少し考えてから答えたのだ。

「ああ」とかしか言葉を聞かなかったのに言葉のボキャブラリーも増えている。

よく見れば、少し表情も緩かったかも知れない。その変化に驚いたが、同時に嬉しく思った。

赫賀谷がロボットのようだったのに、






それから今に至った。

山田やまだ達に説明した帰り、まさか霧智きりさとは当時の表情を見るとは思わなかった。

中一からなにかの影響で今のような能天気で所々に昔の名残がある性格になったのだろう。だからこの願いを断られた。

これが赫賀谷真空あかがやしんくうという本来の人なのだろう。でも同時に不思議に思う。それはあの台詞だ。

『俺は一度も喧嘩なんかしたこと無いんだから』

そんな事を疑問に思いながらも、霧智は赫賀谷の後を追うように教室に向かう。

山田達のアビマは果たして勝つことが出来るのか?

結果がどうなるかはまだこの時誰もわからない。




to be continue…………

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